「杏の気になるオトコって、あの責任者だろ」
「えっ⁉︎」
「あれ、違った?」
「ううん…当たってる…」
座ってすぐに、悠ちゃんの発言。悠ちゃんは、やっぱりスゴイや。
なんでも分かっちゃうんだもん。わたしが驚くと首を傾げ、クチビルを尖らせ考え出した。
でも当たってるから、すぐに認めるわたしは、スゴく恥ずかしい…。
「両想い、なんだろ?」
「えぇっ、そこも…?」
悠ちゃんって、エスパーなんだろうか…。どうして、分かったんだろ…。
「だって、さ…」
悠ちゃんは、クスクスっと笑った。
「俺が登場した時、風呂の話した時、15分借りたいって言った時。すっごく睨まれたからね」
「そう、なの…?でも、碧都はもうわたしのことなんか、なんとも思ってないよ…。オンナから奪えば、って言われたし」
碧都が分からないよ。わたしには、そう言ってさ。
でも悠ちゃんには、睨みつけて。
「オンナから、奪うってどういう意味?」
「真哉のオンナのこと」
「ん、話したの?」
「まさか…。言えるわけないでしょ…。たださっき職場の先輩が来て、あーだこーだ喋ってったの」
「あー、そういうこと」
悠ちゃんは、全部知ってる。真哉のことも、オンナのことも。
真哉と付き合うことになった時は、反対されたんだよね…。
それでも『好き』の気持ちが勝って、反対を押し切って付き合った。
反対を押し切るなんて、父親みたいだけど。
でも、それくらい悠ちゃんは、わたしを妹、家族だと思ってくれてる。
結果、こんなことになってホント情けない…。
それでも悠ちゃんは、わたしを励まし慰めてくれた。
「でもカレ、杏のこと好きだと思うけどなぁ。杏も好きなんだろ?」
「うーん…。多分、好き…。碧都が他のオンナノコと話してたら、いちいちイライラするし…」
「でも、怖い?」
「…うん」
そりゃ、怖いよ…。また、わたしじゃない人に気持ちがいっちゃうのだとしたら…。
それが自分の知り合いなら、なおさらだ。
悠ちゃんは、短く息を吐くと兄の目でわたしを見つめ、頭に大きな手をポンと置いた。
「なぁ、杏。俺の直感だけどさ、浮気は心配ないんじゃないかなぁ?」
「そんなの、わかんないよ…」
「いや、そりゃわかんないけどさ。なんとなく、カレから感じるんだよね。それに今スゴく視線感じるし…。俺の背中、穴開くんじゃない?」
くくくっ、と笑いを堪えながらも続けて悠ちゃんが言った。
「試してみる?」
「え?」
「と、いうか。試すもなにも、俺も杏に話があったんだよね」
話?話ってなんだろう。もしかして、もうわたしのお兄ちゃんするの飽きたとか⁉︎
そんなのヤダよっ。そんなこと言われたら、わたし…。
「ちょい、なに想像してる?」
「だ、だってぇ…。悠ちゃんは、ずっとわたしのお兄ちゃんでいてくれる…?」
「は?なに言ってんの。俺らは、兄妹でしょ?血は繋がってないけど、って当たり前だよな。親が違うんだから」
悠ちゃんが言うように、親は違うからまったくの他人なんだけど。
でも、わたしの家庭環境が複雑だったから、いつも悠ちゃんと一緒にいたんだ。
だから、ホントの兄妹みたく育ってきた。
半べそをかいてるわたしに悠ちゃんは、『おいで、杏』と、と笑った。
わたしはこの悠ちゃんの笑顔が、大好きなんだ。
碧都たちが見てるなんて忘れてたわたしは、思いきり悠ちゃんに抱きついた。
「うん、よしよし。でも杏、これ以上引っ付いてたらカレが、ヤキモチ妬いちゃうからね?それに話もできないから、離れようか?」
悠ちゃんは、わたしの肩を優しく掴むと、ゆっくりと離した。
「で、話なんだけど…」
悠ちゃんは、スゥっと息を吸った。気軽に話せないことなんだろうか。
わたしもドキドキしながら、悠ちゃんの言葉を待っていると、意外な言葉が耳に届いた。
「俺さ、結婚しようと思って…」
「けっ…⁉︎」
思わぬ言葉に、なにも言えなくなった。悠ちゃんが、結婚…。
「そ。驚いた?」
「そ、そりゃ驚くよ…‼︎」
「ハハハ、そうだな。でも俺だってもう、36だよ?結婚くらいするでしょ」
それはそうなんだけど…。あまりにも突然すぎたから…。
てか、悠ちゃん付き合ってる人いたんだ…。気になってはいたけど、聞いてもいつも『さぁ?どうだろうね』と、教えてくれなかったから。
「まぁ、すごい悩んだんだ。だから、杏に言えずにいたんだよね」
「なや、む…?どうして…?」
結婚に踏み切れなかった…?でも、何かが悠ちゃんの考えを変えた…?
悠ちゃんは、前髪を片手でかき上げると、クスッと笑った。
「杏を一人にして、結婚はできないと思ったからね」
「えっ…」
わたし…?悩みの原因は、わたしだったの…?どうして…。
「あ、また悪い風に考えてるだろ?それ、杏の悪いクセだぞ」
そう言うと悠ちゃんは、わたしのおでこを小突いた。
「だって…」
「まぁ、聞けって。杏がさ、前のカレと付き合うってなった時、俺反対したよな?それでも杏が幸せになるならイイと思った。でも、結果別れることになって。杏は、スゴく傷付いたよな?その原因も俺は知ってたから、杏の気持ちを考えると俺もツラかったよ」
悠ちゃんは、毎日のようにわたしの家に来てくれて。
ゴハンが食べれなくなったわたしの為に、ゴハンを作ってくれたり、外にも出れなくなったわたしを、ドライブに連れてってくれたりした。
そのおかげでわたしは、こうやって働けるようにもなったんだけど。
「その時から付き合ってた人がいたわけね。けど、杏がこれから先。誰も好きにならなかったら」
悠ちゃんは、一つ呼吸を置いた。
「杏を嫁にもらおう、って思ってた」
「へっ⁉︎よ、め…⁉︎」
嫁って、奥さんだよね⁉︎わたしが、悠ちゃんと結婚っ⁉︎
「杏、俺のことオトコとして見たことなかっただろ」
「…ごめん」
やっぱり悠ちゃんは、お兄ちゃんみたいな存在だったから…。
「いいよ、気付いてたし」
「え、あの、その…。悠ちゃんは、わたしのこと…」
「うーん、好きだったのかなぁ?ごめん、俺もよくわかんないや。ただ、杏はとても大切な存在だったよ。もちろん、今でも」
「悠ちゃん…」
全然、知らなかった…。悠ちゃんが、そこまでわたしのこと思ってくれてたなんて…。
「でも、杏は俺がいなくても大丈夫そうだから、安心した」
「そんなことっ‼︎」
俺がいなくても、なんて言わないで…。
「悠ちゃんのこと、わたしもずっと大切な存在だよ‼︎ずっと傍にいてくれて、家族みたいで…。ううん、わたしの家族だよ…」
「俺も杏のこと、家族だと思ってるよ。これからも、妹だと思っていい?」
ジワジワと溢れてくる涙。そんなわたしに気付いた悠ちゃんは、親指で優しく拭ってくれて。
「杏、幸せになるんだよ。絶対、杏は幸せになれるから。そこは、お兄ちゃんが保証する」
わたし、幸せになれるのかな…。でも、悠ちゃんの笑顔が『大丈夫だよ』と、言ってくれてる気がする。
「悠ちゃんも、幸せに、なってね?」
「あぁ。って、泣くなよ。ったく…」
『杏は泣くと寝るクセがあんだから…』そんなことを言ってた気がする。
わたしは、泣くと疲れて寝てしまうクセがある。
よくそれで悠ちゃんには、『お前は子供みたいだな』って、いつも言われてた。
最後の最後まで、悠ちゃんに迷惑かけちゃったな…。
結婚するんだから、わたしもお兄ちゃん離れしなきゃいけないのかな…。
奥さんになる人に悪いもんね。奥さん、どんな人かなぁ?
気が合うといいなっ。でもきっと、悠ちゃんが選んだ人だもの。
ステキな人に違いないよねっ。
「あーぁ。何か二人、ええ感じやなぁ…。ええの?あーちゃん」
「あの二人、どういう関係だろうね?かなり親しそうだよねぇ」
「杏ちゃん、何回抱きつく気なんだろう…。ボクには抱きついてくれないのに…‼︎」
ヒマな時間帯で、良かったのかもしんねぇ。俺ら四人は、杏たちを食い入るように見つめていた。
あのオトコが来た時の、杏の安心感。心許した相手にしか見せない、雰囲気だったように見えた。
つか、いくつまで風呂入ってんだよ。高校生つったら、もう成長しきってんじゃねぇかよ。
15分が長ぇ…。つか、あと何分だよ。こいつらの言う通り、全然二人の関係が見えねぇ。
杏の表情がコロコロ変わる。泣いたり、笑ったり、驚いたり。終いにゃ、抱きついたり…。
全員、手が止まり杏を見てると、オトコが目を細め、大切なモノを扱うかのように、杏の髪を撫でた。
そして、ゆっくりと俺らのほうへ、視線を向けた。
ガン見してたから、バッチリ目が合うわけで…。
あー、すげぇカッコ悪りぃ…。
そんなことを知ってか知らずか、オトコは『碧都くん、ちょっとイイ?』なんて、涼しい顔で俺を手招きした。
なんで俺の名前知ってんだよ。杏が言った、んだよな…?
どうして俺の話になる?杏、お前は俺のこと、どう思ってる?
ソイツは誰だよ。すげぇ気になって、しょうがない。
杏を忘れようとしたけど、ダメなんだよ。杏じゃなきゃ…。
俺は、ゆっくりと杏に近付いた。
「杏、泣くと寝ちゃうんだよね。子供みたいでしょ?」
俺が傍に寄ると、杏じゃない声が俺を苛立たせた。
「そんな怖い顔しないでよ」
怖い顔なんか…してたか。その人は、俺を見ながら苦笑いした。
「杏を寝かせたいんだけど、どこかある?」
「コッチ」
また杏のこと、優しい目で見やがって。俺は、余計なことは話さずに指で部屋があるほうをさした。
「そっ。連れてってもいい?」
その言葉に返事はせず、俺が歩き出すとソイツは杏を抱えて付いてきた。
俺と一緒に付いてきた奴を、三人は何も言わずに見ていた。
部屋に入ると『どこでもいいの?』と聞かれ、頷くと左端のベッドに杏を寝かせた。
「よいしょ、っと…」
そして、杏の髪をヒト撫ですると、奴は微笑んだ。
「時間ある?」
「は?」
帰るんじゃねぇのかよ。奴は微笑んだ後、ゆっくりと俺を見た。
「碧都くんと、話したくて」
「俺は、話すことない」
「あれ、もしかして何か誤解してる?」
「は?」
クスッと笑う。余計に腹が立つ。バカにされてる感、満載だ。
「杏とは、何もないからね?」
「そんなわけねぇだろ」
杏を見る優しい目、何もないわけがない。
「うーん、どうやったら分かってくれるかなぁ。杏に俺の存在は、聞いてない?」
「あぁ」
聞いてたら、こんなモヤモヤしねぇっつーの。
「そっか。俺の名前は、柏木悠太。杏の血の繋がってない兄です」
血の、繋がってない…?ますます意味わかんねぇ。
「あー、俺たち幼なじみなの。家が隣同士でね。親同士も仲が良くて、杏が生まれた時、俺は5歳。妹が欲しかったから、杏がオンナノコだって分かった時は嬉しかったなぁ」
悠太さんは杏を見つめると、クスッと笑った。
「でもね…」
自慢話かと思えば、そうじゃないらしい。悠太さんの顔付きが、険しくなった。
「何才の時だったかなぁ。杏が3才、俺が8才だったか。杏のお父さんが、帰ってこなくなったんだ」
「え」
「どうしてか、分かる?」
俺が首を横に振ると、悠太さんは教えてくれた。
「他にオンナ作って、杏たちを捨てたんだよ」
声が出なかった。なんて言ったらいいか、分からなかった。
「杏はさ、いつも俺に『パパ、どこかなぁ?』って、聞いてきて。正直困ったよ。俺はもう8才だったから、自分の両親に聞いて理解してたからね。でも杏は、3才。理解なんて、できないだろ?」
杏にそんな過去があったなんて、想像もしてなかった。
「杏のお母さんは、一人で一所懸命働いてたよ。朝から仕事して、数時間寝て夜も仕事して。杏は、俺の家で預かってたんだ」
仕事一本、オンナ一人じゃ家計は苦しいか…。
「杏はとてもイイ子でね。ホントは、母親といたいクセに、それを俺らに見せないようにしてたよ。だから言ったんだ。『杏、俺をお兄ちゃんだと思って、何でも話なよ』って」
あー、それで『血の繋がってない兄』ってわけか。
「それから杏は、俺をホントの兄のように慕ってくれたよ。この通り、今でもね」
悠太さんは笑う。でも、まだどこか寂しそうな顔をしていた。
まだ、なにかあるのか…?けれど、悠太さんは全然関係ないことを聞いてきた。
「碧都くんは、杏のこと好き?」
「なっ…んで、そんなことアンタに…‼︎」
「言いたくなかった?でも兄としては、心配なのですよ」
兄…。そう言われると、言わなきゃいけねぇじゃねぇかよ。
「碧都くんなら、杏を任せられると思うんだ。俺の直感だけど」
直感って…。なにを根拠に、そんな考えに結び付くんだよ。
「俺、悪い奴かもよ?」
「そんなことないよ」
「なんでそんなこと、」
「杏を見る目が優しいからね」
何を言っても、この人には敵わない気がした。
「杏のことは、好きだよ。ムリヤリにでも俺のモノにしたいくらいに」
そう、言ってしまった。