まるで某魔法少年のようじゃないかと國嗣は思った。

死ぬために生まれ、死ぬために生き、死ぬために生かされる。死を受け入れさせて、やがて死ぬ。

家畜、という言葉が浮かんだかすぐに振り払った。それはあまりに酷い。

國嗣は後悔していた。呪いと呪いの入り混じった混沌とした土蔵の中で。
この土壁の向こうはいつもの日常があり、太陽が草木を育てているのに。いま、ここは、鉄の匂いに満ちていて、暗闇の中ようやく見えるのは青白い兄の体だった。






名家といえば聞こえはいいが、國嗣の家はどうにも堅苦しい古い習わしがおおく、子供には億劫な家だった。
長男の國染はその中でもとくに因習に縛られていて、三男の國嗣には少し遠い存在だった。それ故に長男の國染、次男の峰國、三男の國嗣と年子でうまれたのに、國嗣は峰國とばかり遊んでいる。
家は木造の古い日本家屋で敷地の境には、家の全てを覆うように塀が囲っていた。

國嗣は今日も峰國を隠れんぼに誘った。家は無駄に広いし部屋も沢山ある、中庭と外庭があってそのどちらも隠れるには十分だ。
峰國の数を数える声を聞きながら、國嗣は家の中を裸足で走る。途中何人かの使用人とすれ違い、はしたないと叱られたり、子供の遊びと微笑ましく見送られたりした。そのどれもに俺が通ったことは内緒だと口止めをしながら國嗣は青い蔦の襖をあけた。
ここは世話役の部屋だ。きっと今の時間は誰もいないだろう。そう思ってのことだった。

しかし現実には、世話役が一人と青白い顔をした優男が一人、その部屋にいた。

「…なに、してんだよ、……國染」

國嗣はカラカラと渇いた喉からようやく絞りだす。
薄らと青みがかった黒いスーツの世話役は体を横にして寝転がっていて、國染はそんな世話役の腕を枕にして小さく寝息をたてていた。

「見てわかりませんか。國染様はお休みになっております。どうぞご退席下さい」

世話役は國染を腕の中に閉じ込めるように抱き、枕にならなかった手でひたすら國染の頭を撫でている。
お前は邪魔者だといわれているような気がして國嗣は目の前が真っ赤になった。
國染は不健康そうな青白い人、國嗣には畏れ多い人、触りたくても遠くにいる人。それでも國嗣の実の兄であり、こんな世話役ごときが兄を独占するかのようなことは許しがたかった。

「世話役ふぜいが!お前、矢桐の次期当主をこんな所に連れ込んで何してる!」

國染を指さして怒りを顕にすると、世話役は國嗣を一喝した。

「國染様が体調を崩しておられるのだ!さがれ!」

そのあまりの剣幕に國嗣は肩を震えさせた。
確かに國染はただでさえ悪い顔色をさらに悪くさせているし、これだけの大声に一切反応せずに眠ったままだった。起き上がれない程体調が悪いのかもしれない。
年上のこの世話役の態度は腹立たしいものの、様々な事情からクビにはできないことを國嗣は理解していた。
ここはさがるしかないか、國嗣が部屋からさがろうとすると後ろの何かにぶつかった。

「あれ?……峰國?」

そこにはいつの間にか峰國がきていた。鬼ごっこの真っ最中だったことを忘れていた。
ぼうとただ立っているだけの彼のその視線はじっと國染に注がれている。
世話役も峰國に気づいたのか、体は横にしたままだが眉間のシワが深くなった。新たな訪問者に睨みをきかせている。

「翔矢、兄貴は無事か」

翔矢と呼ばれた世話役は、峰國から隠すように國染を更に自らに引き寄せて沈黙を保った。
その態度にまたこいつは!と國嗣は怒りたくなったが、峰國が片手でそれを制してしまえば引き下がるしかなかった。

國嗣には峰國の瞳はよどんでみえた。