「お待ちいたしております」


「おねえさん」


彼は、老眼鏡を初めて外した。素顔の彼は、まだ若さがかすかに残っていて、目を細めた様子に青年の頃の面影が宿っていた。


「僕の話を聞いてくださってありがとう。何しろ、お話はしたことがなかったけれど、僕とお付き合いが長いのはおねえさんだけですから。これからは、お話させていただいてもよろしいですか」


「あの、仕事が忙しくないときなら」


「じゃあ、決まりですね」


彼は柔和な笑みを浮かべて、伝票を手に立ち上がった。





光子は、仕事が終わって帰宅すると、早速新聞を手に取った。目指す記事は、「おくやみ」欄だ。


目を通してみると、昨日亡くなって今日が葬儀だったこの街の女性は一人しかいなかった。光子は、はさみを持ってきて、その記事を丁寧に切り取った。そして、両親の位牌を祀った簡素な仏壇の前にその記事を置くと、鈴(りん)を鳴らし、線香をあげて、南無阿弥陀仏を唱えた。


開け放った窓から、颯と心地よい風が入って、線香の煙が記事の回りを漂い、やがて消えていった。


その様子を眺めながら、光子はいつまでも、慈仏のように微笑んでいた。



(了)