heure de la'nge〜天使の時間〜




「信じるよーー信じるさ。
だって、お前が会いに来てくれたんだからね。何だって、信じるよ」


「ーー?」

首を傾げるココに、ユキは鋭く先を促す。

「くだらないことは気にしないで、さっさと先にすすめなさいっ!」


「う…うん。分かった」




ココはおじさんの方に足を進めた。





「貴方の願いを叶えます。
貴方の願いはーーー何ですか?」


今までの経験から、ココはすんなり願いを言ってはくれないと踏んでいた。


願いを口に出すのは、大人になる程、難しいのだと、経験上分かってきた。


しかし、この男は今までのどんな人とも違う反応を寄越したのだ。




「俺の願いはーーー先に逝ってしまった俺の子ども達のやってくれたように、温かい愛情を傾けて欲しい」


おじさんの顔は、寂しそうな目を向け、ココに優しく微笑みながら言った。






「かーーー」


「叶える努力をしてみましょう」
そう、いつもの通りに口に出そうとした瞬間。


病室のドアが、静かに開いた。



「私が天使だとーーーそう、名乗ったらーーーーあら?貴女、だれ?」



入り口から入って来たのは、凛とした可愛さをたたえた、1人の女の子と。



どう見ても、大天使のパートナーの天使、だったので、ある。






「ーーーあら?貴女、だれ?」

そう発した女の子は、ココが言葉を発する前に、つかつかとココに近寄って来た。


1m程離れたところで立ち止まり、また女の子は鋭い声を放つ。

「誰?ってば。あなたの名前はっ!?」


「あっ、あたしはっーー」


「ちょっと待って」


驚いて声を発したココをすかさず止めたのは、ユキ。





彼女は、つかつかとココの前に出て、目の前の女の子に向かって笑みを浮かべ、言った。


「その高飛車な態度は何なのかしら?名前を聞くならば、まず自分からーーーって、使い古された言葉を知らないの?」



表情とは裏腹に、その声に含まれたトゲトゲしさや、内容から感じられる怒りは、さすがのココにも分かった。


ココより敏感らしい相手の女の子は、瞳が一瞬揺れる。


「わっ私は…アイカ、よ。知らないの?」


明らかに震えた声で、強がるような口調で言うものだから、ユキは吹き出しそうになる。




「……何で、あたしが貴女のことを知ってると思うの?」


アイカ、と女の子が名乗った数秒の後に、ココは不思議そうに問う。


思っていた答えと全く違った答えを貰ったらしいアイカは、『ガーンッ!』という効果音そのままの表情だ。


「えっ……あっ、あな、あなたは……その、子役のアイカ、って知らないの…?」


「ーーー子役って何?」

おもむろにユキの方へと振り返り、ココはこっそり聞く。


流石のユキも驚いた。










ユキや、他の大多数の天使は、生前の記憶を死んで天使となる時に全て無くしている。


それでも「テレビ」の使い方をココに教えてもらって、ここ数週間で、子役がなるたるかは知ってるのに。



「えーっと、子役というのはね……」

ユキはアイカに聞こえないよう、慎重に説明する。


子役を前に子役の説明をするというのは、中々スリリングなことだった。


そんなユキの冷や汗混じりの説明を聞いたココは、ふーん…と頷く。




そして、爆弾とも言える、一言をその場に投下した。






「あたし、知らないよっ!アイカさんのことっ!」


「えっ、ちょっ!!」


「なっ………何を楽しそーに………」



ユキの制止も虚しく、部屋中に響くココの声は、アイカの耳にしっかりと届いてしまった。


あーあ。とは、その場にいる、当事者2人以外の心の声である。








「ーーーはぁっ、はぁ………もうっ!
良いからっ!!早く名乗んなさいよっ

あんたは知らないかも知れないけど、あたしはちゃんと名乗ったんだから」


アイカの言い分はもっともである。
……これが15分以上もの口論無しで、告げられたならば。



「あたしは……ココっ!!」



「で、何でここにっ、いるのよっ!!…?」


興奮するアイカの頭を突然ぽんぽん、と優しく叩いたのは、彼女のパートナーのシンである。