当然といえば当然なのだが、土曜日の昼前。
街は人で溢れていた。
そして、これも当然なのだが、保坂くんは声をかけられまくっていた。

なんだろう、私ってそんなに存在感がないのか、それとも元よりお前なんぞライバルにならんと思われているのか。
そういえば昔、妹さんですか?と聞かれたことがあったっけ……なんて寂しい気持ちになりつつ、そっと保坂くんの服の裾を掴む。

「あ……彼女さんいたんですかー」

何度目かわからないその言葉に、私はもう疲れ果ててしまった。
全く、イケメンと見るや声をかけてきて。

「いこっか」

 保坂くんが私の手を引いて、私たちはやっと人通りの少ない路地に入った。
ここは、小ぢんまりとしたカフェがある、私たちのデートスポットだった。

「いらっしゃい―……っと、勤に薫ちゃん、久しぶり」

「お久しぶりです先輩」

このカフェの主人は、保坂くんの大学の先輩で芦屋誠二(あしや せいじ)さん。
大抵街歩きに疲れ果てた時に逃げ込む隠れ家だった。

「その顔だと、相変わらずモテてんなお前」

そう言う誠二さんだって、精悍な顔立ちに短く整えられた髪、人懐っこい笑顔でイケメンなのだ。
この二人が並んでいると、私なんて本当に場違いとしか言いようがない。

「先輩こそー。この前聞きましたよ」

「あー、その話はやめなさい」

誠二さんが出してくれたコーヒーを飲んでやっと落ち着いた私は、二人は放っておいてのんびりとすることにした。
歩きつかれたというよりは人ごみに疲れてしまっただけなので、比較的早く精神的ダメージからも回復できそうだった。

 暫くそうして思い思いに過ごしていると、入り口の扉が開いて一人の男が入ってきた。
年齢は誠二さんと同じくらいだろうか。
その瞬間私は悟った。この空間にイケメンが3人になったことを。

男の人は、言い方は悪いが軽い感じのする人だった。
ミュージシャンでもしているのだろうか。肩にはギターケースをかけ、明るい茶髪に耳にはピアス。

誠二さんとじゃれている保坂くんを残してボックス席で休んでいた私は、ぼんやりとそのイケメンを見ていた。

「誠二おひさー」

見た目を裏切らず軽い調子でそう言った男に、誠二さんは笑顔で片手を挙げた。
保坂くんも知っている人なのか、笑顔で会釈している。
私はどうしようかと考えていると、勝手に三人で話し始めてしまった。

「勇吾、お前まだフラフラしてるの」

誠二さんが男の人―……勇吾さんに声を掛ける。

「まぁねー。でもまぁ、そろそろ定職につこうかなーと」

「定職っても、お前実家継ぐだけだろ」

「まぁな!」

豪快に笑いながら、勇吾さんは私に気がついたのか笑顔で手を振ってきた。
慌てて私も会釈をする。

「お、可愛い子がいる!誠二あの子誰!紹介して」

「えー」

誠二さんが嫌そうにしつつ、私を手招きした。
立ち上がって三人に近づくと、誠二さんが私の方を向きながら手で指し示した。

「薫ちゃん。勤の彼女。紹介おわり」

「?!なんだって……勤てめえ」

「いや、俺に怒られても」

保坂くんが苦笑いしつつ勇吾さんを見る。

「あ、あの。木崎薫です」

「薫ちゃんかー。勤にはもったいねえ……」

勇吾さんの言葉に耳を疑いつつ、ああ、お世辞かと思い直し微笑んだ。

「あはは、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」

「えー、俺は……」

「あー、それより勇吾。何しに来たのお前」

尚も何か言おうとした勇吾さんを遮るように、誠二さんが問いかけた。
私は首を傾げながら、保坂くんの隣に座る。

「用がなきゃ来ちゃいけないの。強いて言えばそうだなぁ……薫ちゃんに会いに?」

「いや、お前今初めて会っただろ」

一瞬どきりとした。
そういうことは、男の人に言われたことはないから。

「いやまぁ、そうだけど。でも、近くまで来たから寄ったんだよ。ついでに腹ごしらえ」

「なるほどね。オムライスでいいか?」

「なんでもいいよ」

誠二さんと勇吾さんの会話を聞きつつ、私は保坂くんを見上げた。
複雑そうな顔で勇吾さんを見つめている。
私が何て声を掛けようか悩んでいると、私の視線に気がついたのか保坂くんが笑顔で首を傾げた。

「どうしたの?」

「ううん……この後どうしよっか」

何でもないという風に保坂くんが言うから、私もそれ以上追及するのはやめた。