嗜めるような、諭すような口調。
勇吾さんを刺激しない様にしているのだろう。

「まぁ、いいよ。ほら、車のキーだ。俺の車はわかるだろ」

そう言って、相田さんにキーを投げる。
相田さんはキーを受け取ると誠二さんに目配せして、駐車場に駆け出していった。

残された私たちに、長い沈黙が訪れた。
ややあって、口を開いたのはやはり誠二さんだった。

「勇吾。もうやめよう。警察いこう」

「警察?言っただろ、俺は周に『協力』してもらってただけだよ。もうその必要もないから、ありがとなって話さ」

「協力?監禁だろう。大体、なんで周を監禁する必要があったんだよ」

普段温厚な誠二さんが、きつい口調で尋ねる。
勇吾さんは少し笑うと、視線を誠二さんの影にいる私に移した。

「薫ちゃんに、もう一度会いたかった」

ぞくり、と背が凍る。
瞳にはまるで光が灯っていないのだ。

「それは、しないって約束で示談にしたんだろ?」

「ああ……だから、薫ちゃんから会いたいって言うように協力してもらうつもりだったんだけど……」

勇吾さんは疲れた様に溜息をつくと、私から視線を逸らした。

「アイツ、全然協力してくれないから。でも、薫ちゃんから来てくれて嬉しいよ」

微笑む顔はとても優しそうなのに、目だけが笑っていない。
私は恐怖で震えそうになる身体を押さえつけながら、必死に視線を逸らさない様に耐えた。

「やっぱり、薫ちゃんも俺のことが好きなんだろ?そうなんだろ?」

どこで。
どこで、この人はこんなに壊れてしまったのだろう。
同情してはいけないのはわかってる。
だけど、私の知らないところで、私の知らない何かで、この人はもう後戻り出来ないほどに壊れてしまった。

「……前もお話した通りです。私が好きなのは保坂くんです。勇吾さんじゃありません。私が今日来たのは、勇吾さんに会いに来たからではなく、周くんを探しに来たからです」

きっぱりと答える。
勇吾さんの表情が、まるで色を失ったかのように無表情になり。
そして、その身体が力なく崩れ落ちた。

「……」

急に生命力がなくなったかの様に。
勇吾さんはそれっきり誠二さんが何か話しかけても口を開こうとはしなかった。
或いは、私が止めを刺したのかもしれない。

それでも、私は嘘をついてまで勇吾さんに優しい言葉を掛けることは出来なかったから。