遅い昼食が終わって、また二人でぶらぶらと湖畔を歩く。
明日の朝には、もうここを去らなくてはならない。

今まで、こんなに別れを名残惜しいと思ったことがあっただろうか。

思いながら、そっと保坂くんの手を握る。
保坂くんは、ただ優しい笑顔を浮かべるだけで、何も言わない。
もしかすると、私の気持ちなんてお見通しなのかもしれない。

後もう少しでずっと一緒に居られるのに、どこか小さな不安が拭いきれないのも事実なのだ。
マリッジブルー。
そんな言葉を当てはめてしまえば簡単なことだけれど、なんだかとても胸が苦しかった。

 今日は一日休みをもらったから。

そんな言葉を、保坂くんは落とした。
私はまた、その言葉に少し安堵して、そして思う。
ありきたりだけれど、こんな時間がこれからもずっと続いていけばいいのに、と。

「そうだ、覚えてる?」

唐突に掛けられた言葉に、私は首を傾げる。

「初めて手を繋いだのも、水辺だったよね」

保坂くんの言葉を噛み締める。
初めて私たちが手を繋いだのは、人ごみに疲れてしまった私を街外れを流れる大きな河川敷に連れ出してくれた時だった。
あの時も、こうして何をするでもなく、二人でただ水面を見つめながら手を繋いで歩いたのだ。

「覚えてるよ。私たち、変わらないね」

「……そんなことないよ。薫ちゃんは、あの時よりももっと綺麗になったし」

照れくさそうに零される言葉。
いつもなら、きっと否定していただろう。

「そうかな……ありがとう」

素直に言えたのは、リエ達のお陰か、それとも私の心境の変化だろうか。
保坂くんは驚いた様に目を見開いて、すぐに笑った。

「そうやって、いつも素直に笑ってくれたら、もっと可愛いのに」

優しく頭を撫でられる。
大きくて、温かい手。
私の大好きな、保坂くんの手。

猫にやきもちをやくなんて、変かもしれないけど。
私はずっと、素直に甘えられるルリが羨ましかったのかもしれない。

「あーあ。もうすぐ秋だね」

意味の無い言葉を呟いて、恥ずかしさを紛らわせる。
保坂くんは同意するように頷くと、小さな吐息を零した。

「冷えてきたね。もうそろそろホテルに戻ろうか」

名残惜しそうに。
それでも繋いでいた手は離されることはなく。
私たちは一緒にホテルへの道を戻り始めた。