ややあって、私は沙由とリエ、誠二さんに挨拶をして帰ることにした。
誠二さんは送ると言ってくれたけど、なんだか一人で帰りたい気分で私はそのままカフェを後にした。
勇吾さんは外にはいなかった。
私は少し安堵すると、そのまま家への道を歩き始めた。

 薄暗い道を暫く歩いていると、私の足音の他にもう一つ足音が混じっているのに気がついた。
こんな時間に?と疑問に思いつつも、少しだけ足を速める。
程なくして該当の灯る公園の前に来たとき、私の右腕が掴まれた。

上げそうになる悲鳴を遮って、私の口が大きな手で塞がれた。

「ごめん、びっくりさせて」

そう言ったのは、さっきは姿が見えなかった勇吾さんだった。
私の口を塞いでいた手をそっと下ろすと、掴まれていた右手はそのままにぐいぐいと公園へ引っ張られる。

「……あ、の」

驚きよりも恐怖が勝っていた。
それは、カフェでの勇吾さんの態度もそうだったし、何よりこの行動が大きい。

半ば引きずられるように公園の真ん中まで連れてこられる。
ここからでは、通りに人が通りかかっても木々が邪魔して私たちの姿は見えないだろう。
不安を隠す事すら出来ず、私はただ恐る恐る勇吾さんを見上げる。

街灯の下、青白い顔をして立っている勇吾さんは私の知っている勇吾さんとはあまりにも掛け離れていた。

「薫ちゃんさ」

どんよりと沈んだ声。
私は悲鳴を押さえ込むのに必死で、返事をすることすら出来なかった。
いくら鈍い私でもわかる。何か……私は何か、とんでもないことに―……。

「薫ちゃん、どうしてアイツがいいの?」

顔を歪めて問われても、どうしてなんて答えようがない。
彼は……保坂くんは私に怖い思いなんてさせない。
私の嫌なことなんてしないの。

言いたい事はあるはずなのに、私の唇はまるで縫いとめられたかのように動かない。

「確かにさ、俺のほうが後に出会ったよ。誠二にもやめとけって言われたけど、やっぱり諦めるのは違うよね」

まるで、何かに言い訳するみたいに。
勇吾さんの瞳が、切なげに揺れた。

掴まれたままの右腕が、不意に勇吾さんの側に引き寄せられる。
唐突な動きに、私の身体は抵抗する事も出来ずに勇吾さんの胸の中に抱きとめられて―……。

はじめに感じたのは、煙草とお酒のにおい。
逃げられないように腰を抱きすくめられ、抵抗する隙すら与えず貪られる唇。
それを理解した時、私のフリーズしていた思考は一気に奔流に飲み込まれ、まるで爆発でもしてしまったかの様に心臓がなった。

それは、ときめきなんかじゃない。
驚きと、恐怖と、そして思い出したのは保坂くんの笑顔。

 涙が、知らぬ間に頬を流れる。

やっと呼吸をすることを思い出したとき、私は自由だった左手で勇吾さんの胸を押し返そうとした。
当然、男の人の力にかなうはずなんてないのに。

パニックになった頭で、私はやっと身体をよじると、無理やり勇吾さんの口付けから逃れた。

「やめて、ください」

必死になって声を出す。
怖い。でも言わないと。

「こんなの、嫌です……」

情けなくて、みじめで。
声が震えるのを必死におさえて、私は言う。
勇吾さんがどんな表情をしているのかなんて、見る余裕はない。