あれから一月、私の日常が大きく変化した、ということはなかった。
強いて言えば、勇吾さんからライブのお誘いが来た程度で、あれ以降保坂くんとは会っていなくて。
ただ、保坂くんと相談して、半年後には仕事を辞めることにした。
両親とも連絡をとり、来月の中頃挨拶に……という話を電話でした時の、父の嬉しそうな声。
私もやっと、嬉しさのほかに安堵の気持ちも芽生え始めた。
「せっかく先輩と仲良くライブに通えるようになったのに」
そう残念な声を出すのは、沙由だ。
いつものレストランでランチを食べながら、来週の土曜日にある勇吾さんのライブについて話していた。
私は正直、行くかどうか迷っている。
沙由は残り少ない時間、一緒に行こうと誘ってくれているんだけど。
「まぁ、私も実家はこっちだから、たまには遊びにくるけどね」
「そうかもしれませんけどー。でもいいなぁ、結婚かー」
「周二くん、まだ学生だもんね」
「ですねぇ。まぁ、私が頑張って周ちゃんを養ってもいいんですけど!」
明るく言う沙由を見て私も微笑む。
結婚の形は人それぞれ。それで沙由が幸せなら、私はいいと思う。
「でも、沙由はまだ若いんだしね。ゆっくり考えたらいいよ」
「はい」
照れくさそうに微笑む沙由は、今が本当に幸せなんだろうなと思う。
私も、こんな風に笑えているだろうか。
今日の業務が終わって、私は久々に実家に帰った。
ルリを一度迎えに行っていたから少し遅くなったけど、両親は夕飯も食べずに待っていてくれた。
「お帰り、薫」
父が上機嫌なのは、私が久々に顔を出したからだけではないのだろう。
久々に訪れた実家にびくびくするルリの機嫌を刺身でとりつつ、父はビールを飲んでいた。
「お父さん、飲みすぎですよ」
母が苦笑いしながら父をたしなめ、それでも嬉しそうに私の肩を叩く。
「お父さん、この前からずーっとご機嫌なのよ。本当に嬉しいみたい」
ここまで喜んでくれるとは正直思っていなかったので、私としてはびっくりなわけだけど。
嬉しそうな両親を見ていると、私もとても幸せな気持ちになった。
「今日は泊まっていけるの?」
「うん、明日休みだしね」
夕飯をつつきながら、受け答えする。
母は嬉しそうに頷くと、手伝うよという私を押し留めて忙しなく動き回っていた。