「さて、……どこに行こう」
突然降ってわいた自分の時間だ。
せっかくだから有効に使いたい。
久しぶりにショッピングでも楽しもうか。
私は、ヒールのあるパンプスを鳴らして歩き始めた。
翔太が生まれてから、ヒールのあるパンプスは履けなかった。
抱っこをせがまれた時に、体を支えられなくなるから。
でも今日は一人だ。カツカツと響く音が妙に懐かしくて心も踊る。
昔、佑くんとデートをするときは、こんな風に歩いて行ったっけ。
会えるのが嬉しくて、いつも駅までの道を小走りで進んだ。見る景色が皆キラキラしてて、恋をしているって素敵だって感じた日々。
もっともあの頃は、このアパートには住んで無かった。
私はもっと別の小さいアパートで一人暮らしをしていて、佑くんは実家ぐらしで。
デートの待ち合わせはいつも私の最寄り駅だった。
*
駅について切符を買った。まだ電車がくるには時間があったので、ベンチに座ってぼーっと景色を眺める。
休みの日だから駅にはそこそこの人がいるけれど、皆忙しそうに時計を見たりしている。
ふと、自分の指に目をやる。
飾り気のない手で、唯一目を引くのが左手についたシンプルな結婚指輪だ。
独身の頃は、この手にはいつもマニキュアが付いていた。
ただ塗るだけでは飽きたらず、ネイルアートを楽しんでいた時期もある。
でもその頃には、この指輪がない。
どっちの方が綺麗なんだろう、なんて埒もないことを考えた。
やがて響いてきた踏切の音を聞きながら、結婚した時のことを思い出す。