もう、どのくらいの時間がたったんだろう。

「・・・?」

次に美沙が見たとき、彼は、色素の薄い大きめな瞳をまん丸に開いて、不思議そうな顔をしていた。

(あ・・・!)

それも当然だろう。
彼が現れてから、多分ずっと硬直していただろうから。
少しだけ落ち着いた美沙は、滅多に無い醜態に顔を赤く染めた。

深呼吸も兼ねて、もう一度ゆっくりと溜息を吐く。

やっと目の前の事柄に意識が戻ってきた。
それでも、彼の名前は思い出せない。
そんな美沙の内心を知ってか知らずか、もう一度首をかしげた彼は躊躇う事無く美沙の隣に自身の机を動かした。
お互いの距離が、随分と近くなった。

教室内の熱気がようやく冷める。
次に溢れ出して来たのは、それぞれ異なった感情。
期待はずれへの諦めか、期待通りの喜びか、思わぬ幸運に思わず湧き出てくる笑みか、といったところだろうか。
それを見計らって、教師は話し出す。
が、誰も聞いていなかった。
それは、美沙も例外ではなかった。

美沙は、彼をぼんやりと眺める。
動揺が収まってから、まず感じたことは、彼の容姿についてだった。

(可愛い)

正しくは、カッコ可愛い、という奴だろうか。
色素の薄い大きな瞳、華奢な体躯、外に出たことが無いのかと思わせるほどに色白な肌。
第一印象は、典型的な温室育ちの病弱な美少年、というものだった。
その、綺麗な瞳が自身を見つめていた。
大抵、教師の話を聞く気のない生徒は隣の人とでもお喋りをしている。
彼も、そのお約束に則るつもりだったのだろう。
ただ、他の男子と違うのは、美沙がぼんやりしていても待っていてくれたことだろう。
簡単なことだが、意外と実践するのは難しいものである。
美沙の中で、彼への好感度が更に上がった。
でも、これ以上待たせるわけには行かない、と思う。
美沙は、ゆっくりと重い口を開いた。

「ごめんね・・・ぼうっとしちゃってた」

今日一日で、何回この台詞を使っただろうか。
美沙は内心、自分自身のバリエーション不足を嘆いた。
それでも、会話は始められる。
彼は嬉しそうに頬を緩めた。