『クレアフィール・ユーベルヴェーク』
それが、彼女の名前だ。
ユーベルヴェークは母の姓だ。
母は代々、指揮官を務める家系で、父と結ばれて尚変わらない。
『クレアフィール。』
厳格な表情で呼ぶ男は僅かに微笑む。
『バルドゥイーン殿。』
『父上で構わない。』
畏まるクレアフィールにバルドゥイーンは言う。
『な、なんだか、落ち着かないよ。』
『ふっ、直に慣れる。』
そして、目を遣る先には軍隊が訓練をしていた。
『あれを束ねる指揮官……そう、楽にはいかない。』
『はい。』
クレアフィールは気を引き締めた。

事件はそれから暫くして起こった。
ユーベルヴェーク家と同格の貴族にあたるロッテンマイヤー家と婚姻を結ぶことになった。
『嫌だ!私は、こんな婚約望まない!!』
そう駄々を捏ねているうちに、相手と揉み合いになり、殺してしまった。

正確には、事故だ。
突き飛ばした拍子に相手が頭を打ってしまった。

『指揮官は殺人者とは……面目がないでしょう。』
『いかにも。……ここはどうか、穏便に。』
『“事故”という形で、ね。』
妖しく笑う男性と懇願するバルドゥイーン。
『では、跡継ぎにこちらへ養子に息子さんを……とはいえ、お二人は既に地位があるとか。そこで、確か、今年で八歳になるとかいう。』
『——シャルドネか。』
『えぇ。生憎、この老体では跡継ぎは生まれないでしょう。居る子は後は娘のみ。』
『解った。』
『話がよくわかるひとだ。』
ニタリと男は嗤う。

そこで、シャルドネはロッテンマイヤー家へ養子に出された。
『これからは、ワタシが父だ。』
『……はい。』
幼いながらも状況が解っている様子に男は満足そうだ。

五年が経ったある日、ロッテンマイヤー家の汚職が発覚した。
当時、シャルドネは跡継ぎとして、任されていた。
そうとはいえ、表向きの話である。
実際は夫婦と娘が全て仕切っていた。
しかし、その全てをシャルドネに責任を押し付けた。

それを知ったバルドゥイーンは気付いた。
汚職は元々あり、時を見て全て押し付けるつもりだったのだと。
婚姻が上手くいけばクレアフィールに、上手くいかずともシャルドネに。

『これでは、ユーベルヴェーク家の恥さらしですな。』
『さぁ?教育の損ないではないか。』
『はっはっは!』
バルドゥイーンは男に冷たく言った。