だけど、せっかく来たのだから何かひとつでも買って帰ろうか。



少し待たなくちゃいけないのを覚悟して、一歩前へ。並んだお客さんの背中越しにショーケースを覗き見るけど、結構厳しいそう。



この賑わいが、私には少々キツい。



ちょっと気持ちを落ち着かせようと、店内の端に設けられた焼き菓子コーナーへ。ここはお客さんも少なくて、静かでいい。



ぼんやりと眺めていると、
「松浦さん」と名前を呼ばれた。



私は、この声を知っている。



よく知っているけれど、私が期待していた声じゃない。今一番聴きたいと望んでいる人の声じゃない。



振り向くまでに、多少の勇気を要した。



だって、この声の主は……



確信と共に振り返ると、思った通り姫野さん。



職場で見るよりもずいぶんと和やかな顔をしているけど、服装にちょっとした違和感。私服の姫野さんなんて、初めて見たから。



それと、やっぱり。
姫野さんは橘さんとは違う。



だって橘さんほど、胸がときめいたりしないから。