ー空の上の白の世界ー
「そっか。じゃあお互い頑張らなきゃね」
「はい、辛くなったら空を見て私を思い出して下さい
私はいつでも紅愛さんを見守っていますから」
「ありがとう。
…じゃあね、紅羽」
「はい。
…色々ありがとね、紅愛」
強い誓いと決心を持って前を歩いていく彼女
その背中はいつの間にか大きくて、もうあの頃の何にも戸惑っている幼い子供じゃない
彼女が何メートルか進むと次第に白いモヤがかかり始めて……
消えた。
きっと彼女を必要としてくれる人の所へ帰れたはず
だけど…
あんなにも優しい彼女を見放す訳は無いと知っていてもやっぱり心配で。こうして此処から彼女の様子を見ている
何故そんなにも肩を持つのか、そう言われれば
私達の身勝手な行いの末できた呪いの最後の被害者達の1人
そして、この争いを終わらせてくれた恩人だから
そうなのだけど、私の本音はきっと、彼女の優しさに惹かれたんだと思う
どこが?とは言うまでもないかな。
私には無かった人を見る力と優しさを持っていたから
彼女には不幸だった分、これから沢山幸せが訪れて欲しいと思う…。
「帰ってきなよ、2人とも」
「待ちくたびれたぜーほら早く帰ろうぜ俺達の場所に」
「行くか」
「うん、」
「紅愛、好きだ」
「私も。私も好きだよ、翔聖っ」
それから少し経って、彼女は本当の幸福を手にいれた
「はぁーー…良かった…」
沢山心配をしていた訳ではないけどなんとなくホッとして肩の荷が降りた気がする
…次は私の番だ
頬をパチンと叩いて気合を入れる
私は空からずっと紅愛を見てきた
だから、彼女の成長を通して沢山のものを学んだんだ
在るべき姿、心…仲間
きっと、大丈夫だよね?
紅愛はもう私を見る事はできないけど、どうか見守ってて
ぎゅっと拳を握り締め目をつぶった
その瞬間、ふわっとした感覚が全身を包み込み体が浮いた気がした
トン…と足がゆっくり地面に着く感じがして目を開く
「………………っ!」
そして、目の前に映ったものを見て私は目を見開いた
「來馬…月希…夜斗…っ」
微笑みながら私を見ていたのは、私が会いたかった3人で。
どこか大人っぽくなっていたその姿を見て視界が歪む
時間を正確に数えたら私達はもうとっくに死んでいるはずで
時が流れても変わらない筈なのに…この世は不思議な事ばかりだ
「紅羽」
だけど私の大好きだったその笑顔で
腕を広げられては私はその胸に飛び込まずにいられない
笑顔もちょっとだけ大人っぽくなっててカッコ良さが増してる
「來馬…」
駆け出してぎゅーと抱き着けば昔と変わらない匂いと感触
ああ、私はこの安心する腕と何もかも包んでくれるような空間が大好きだったんだ
あまりの心地良さに目を瞑った
だけど
「…4人が死んだあの場所は呪われてなんかいなかった
呪いを作ったのは…私達だったんです
いや、私のせいなんです…っ
私が夜斗の事も月希の事も考えずに自分の事ばかり考えていたから!!
私が悪いのっ!!!」
ふと、そんな声が聞こえた
…それは紛れもない私の声
自分の愚かさを恨み、後悔した自分の叫び
私はまた、同じ事を繰り返そうとしている
スッーと心が冷えていくのがわかって、トンと來馬の胸を押した
「紅羽…?」
戸惑う來馬の声を聞きながら私は顔を上げられなかった
「ごめん…なさい…」
それでも絞り出した声は小さくてきっと皆には届いていない
こんなんじゃ、だめだ
だけど怖いんだ
こんな私を許してくれるか
いや…許されなくても良いんだ
それで2人の傷がほんの少しでも癒えれば
來馬から2.3歩離れて3人の注目が集まる中、中心へと足を進めた
とてもじゃないけど顔なんて見れない
だけど謝りたい
これは、私の弱さ。
「月希、夜斗…來馬も
みんな…っ、ごめんなさい 」
私はそこまで言うと言葉を切って深々と頭を下げた
「私が…っ自分勝手なことばっかりしたから、
優しさに甘えて、気持ち考えてあげられてなかったから、
みんなを傷つけた…。そして、沢山の人を巻き込んだ
謝って許されるなんて思ってないけど
許されることじゃないけど
それでも…っ
ごめん…なさい…っ」
ぎゅって掴まれたみたいに胸が痛い
凄まじい後悔に押し潰されそうになって
私の犯した罪だけが頭の中を回っていた
だけど沈黙の時間が訪れたのは一瞬だった
誰かが近づいてくる気配。
ここは地上じゃないから風も音もない
"無"の世界だから
そして、気配は私の目の前で止まった。
「…………っ」
それが、來馬なのか月希なのか夜斗なのはわかる
だけどこれから何を言われるのか私には想像できない
…もちろん罵声だって覚悟してる。
「紅羽、顔をあげて」
私の頭上から聞こえた声。
この声は…月希だ
私はフルフルと首を横に振った
そんなこと、できない。
同じ視線で同じ立場で話す資格
私にはないから
「紅羽?それじゃ私は何も言えない
何も言って欲しくないなら別だけど…
もし本当に悪いと思ってるなら顔をあげて。
私達とちゃんと目を見て話して」
昔よりもずっと凛とした月希の声
静かに目を開いた私はゆっくり、体制を戻した
改めて近くでちゃんとみる月希の顔。
ずっと大人になった顔立ちに決意の灯った目
迷いはない、そう言ってるみたいだった
昔…私達がバラバラになった頃はこんな良い顔してなかった
いつも何かに怯えるような目をさせたのは私だったんだ
そう思ったら真っ直ぐ目を見て話すことなんか出来なくて、目を逸らした
「紅羽…」
悲しそうな月希の声
私は人を悲しませることしか出来ない。
そんな時、沈黙を破った1つの声
「紅羽」
「…夜斗」
シリマナイト、冬詩が持っていた石の持ち主
多分私は彼を一番傷つけた
黒く澄んだ瞳に真っ直ぐ見つめられドキッとする
昔から顔立ちは整っていたけど
少し大人になった夜斗は、かなりかっこよくなっていた
月希の横に並んだ夜斗
その目に迷いは感じられない
夜斗はきっと自分の居場所を見つけたんだね
「紅羽、俺は紅羽がずっと好きだった」
「え…?」
夜斗から発せられた衝撃の真実
夜斗が、私を…?
でも月希は夜斗が好きで…
まさか
「月希……知ってたの……?」
背中を冷や汗が流れるのがわかった
違って欲しい
静かに、ただ何も読み取れない微笑みは
肯定の印なんて勘違いであって欲しかった
だけど
「うん、知ってた。
紅羽以外みんな知ってたよ」
運命は予想以上に残酷だったらしい
「そん、な…」
來馬に目を向けると、
私の意図がわかったのか頷いていて
それは月希の言葉に同意で。
目の前が真っ暗になった
私は、3人に何てことをしていたんだろう
─ポタッ
その時、涙が頬を滑り落ちた
霞み、揺れる視界の中で3人が目を見開いたのが見えた
「ごめ、ん…なさい…」
自然とこぼれたのは謝罪の言葉
何も知らなかったのは私だけだった
何も気づかなかったのも
何も気づこうとしなかったのも
何も考えていなかったのも
…私だけだった
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
力が抜けてその場に座り込んだ。
どうしようもない後悔
友達失格が私にはピッタリな言葉だ
何か、何をしてでも謝らなきゃいけないのに
言葉が出ない
初めて、消えたいって思った
私の幸せが大切な人達の不幸と我慢の上に成り立ってたなんて。
最低だ、私。
顔を覆う私に
─ポン
肩に手が乗った
「紅羽、そういうことじゃない」
優しく宥める様にそう言った夜斗。
「紅羽を好きでいる事は確かに辛い事が多かった
お前鈍感だから全然気づかないし。
でも…そのおかげで色々なものに気づけた」
色々な、もの…?
ゆっくり顔をあげると
「ちょ、夜斗…っ」
「俺は一人じゃなかった
いつだって月希は傍にいてくれた」
もちろん恩人は來馬もだけど。そう付け足した
滅多に見せない微笑みを作る夜斗
夜斗に引き寄せられ真っ赤になる月希
嬉しそうな來馬
どういう、こと…?
「紅羽、私達は紅羽の事恨んでたり怒ってなんかないよ
…皆、それぞれが悪かった
話合えなかった私達は子供で
この事件を止められなかったのは無力だったから
決して、紅羽1人のせいなんかじゃない」
月希…。
「俺もここに来た時、罪悪感しかなかった
……俺が3人を殺したから。
でも、話し合ったんだ。
本音で話してこれからを考えると
3人それぞれが後悔と懺悔がある事を知った
許されたかったのは皆同じだ」
夜斗…。
「きっと優しい紅羽なら自分を責めるだろうって誰もが予想してた
許すと言ってもきっと信じないって」
「私は…っ、優しくなんてない」
どうして…?
なんで皆はそんなに優しいの
なんで私を優しいなんて言うの
優しさが、気遣いが、苦しい
「紅羽。」
その時、ふわっと頬に乗せられた手
「來馬…?」
この感触は見なくったって誰かわかる
だって私が愛してやまない人だから。
漆黒の瞳は優しく微笑んでいた
「俺達は均衡を保っていた。
けど、俺達が結ばれた事でそれは崩れた
そして事件が起こりそれをキッカケにお互いの心中を知って自分が間違えていた事に気付いた
そして今、また4人で集まれた
お互いがさんざん自分を責め、考えた
もう、良くないか?
せっかく与えられた4人との時間を謝罪だけで終わらせたい?
俺達はもう紅羽を許した
後は…紅羽が自分自身を許す番」
私は、許されたの…?
今度は私が私を許す…?
「ふっ……うぅ……っ…」
なんだか心のモヤモヤがとれた気がした
「紅羽」
ぎゅっと暖かい腕の中に閉じ込められて更に涙腺が緩む
「うぅ…來馬ぁ…」
嬉しくて気分は晴れてるのに涙は止まんない
だけど
「もー紅羽の泣き虫っ!」
「おい、月希が言うな。泣き虫」
「えへっ…じゃなくて何よバカ!」
皆、笑顔だった
何の闇も知らない子供だった頃の私達に戻ったみたい
そうだ、私はこの雰囲気が好きだった
…大好きだったんだ
「あ…俺達…」
そんな時、すぐ上から声がした
「來馬?」
顔を上げるとそこには目を見開いて驚いてるような來馬の顔があった
そして來馬の視線を辿ると
「消えてる…っ!」
私達は消えかかっていた
足から徐々に薄れていって感覚はあるのに見えない。
不思議な感覚に誰もが戸惑っていた
それでも少しだけわかる気がする
「私達、心残りがなくなったのかな」
「私もそう思う、月希」
「俺も」
「俺も思った」
そうだね。
元の4人に戻りたいと願った私達はもう
ここにいることはできない
「俺ら地獄に行くのかな」
「夜斗だけな。」
「はぁ?來馬も道連れだろ」
「まーまー、今の私達なら何処にいってもきっと大丈夫だよ」
「そうだよ。喧嘩はするかもしれないけど
今度はたっくさん話して、もっと仲良くなろう
そして生まれ変わったら…」
「「「「皆で幸せになろう」」」」
私達は消えた。
もうこの世にはいない
それでも、最後はみんな笑顔だった
私達が消えてもこの世界は続いていくし止まりはしない
例えばもう一度人生をやり直せるのなら
やっぱり私は4人でいたい。
…もう、あんな事件は起こしたくないけど
この世は不思議な事も起きるし
辛い事だって沢山あるけど
"辛"から"幸"になる1画は
意外と近くに転がってるのかもしれないね
END
私という意味。 -栞のエピソード-
私は、河西栞。
この前転校して王高に通ってる1年。
特別何が優れてる訳ではないけど、顔は可愛い方。
決して美人とは言われないけど私はそれでいいと思ってる
…そんな平凡な私だけど人に自慢できるようなことがあると言えば
輝の総長である桐島 翔聖と幼なじみである、という事
…まあ自慢なんてしないけどね。
翔ちゃんは物じゃないから。
そして、そんな軽く語っていいような人でもない
翔ちゃんは大切な人、失いたくない
ずっとずっと幸せでいて欲しい。心から思ってる
それなのに
「サヨナラ
…永遠に」
そう言い残して
金色の髪をなびかせ颯爽と歩いていくあの女を
どうしてそんな顔で見てるの…?
そんな顔をさせたのは私…?
翔ちゃんが私の嘘を見抜いているのは知ってる
だけど…それでも私を受け入れてくれたじゃん
それって私の方が大事ってことでしょ?
ねぇ、今一番近くにいるのは私だよ。
紅愛じゃなくて栞だよ。
だから…そんな絶望を浮かべた目をしないでよ
いつまでもあの女の過ぎ去った道を見ないでよ
私は…ここにいる。
私ならずっと傍にいる。
だから、自分から消えた女なんか見てないで
私を見てよ
お願いだから
その綺麗な瞳に私を映してよ。
…はっ、バカみたいだね
こんな事思ってても言わなきゃ伝わらないのに
思わず自嘲的に笑った。
だけど一番バカなのはアンタだよ、西条紅愛。
こんなに翔ちゃんに好かれてるのに自分から手放して
自分だって好きだった癖に
手に届く翔ちゃんを自分から遠ざけた
そういうところ、ホント大ッ嫌い
みんなの幸せを願いますみたいな事言って被害者面するところ。
好きなら貫けばいいじゃん
悪者にでもなればいいじゃん
───それができないのはただの弱虫だ
「翔ちゃん、帰ろ?」
腕を引っ張れば、僅かに肩を揺らし私を見た翔ちゃん。
あの女が居なくなった今、あんな喋り方する必要は無い
あれはただ、あの女を傷つけるために甘えた喋り方をきたに過ぎないんだから
「紅愛…………」
「本当に俺らを…裏切ったのか?」
後ろからそんな声が聞こえたけど、そんなの気にしなかった
確かにあの女が自分から裏切るのは想定外だった
違うって弁解しようとして、信じてもらえない
ズタズタにしてやろうと思ったのに
それができないのはまぁ残念だけど。
おかげで手間は省けた。
「倉庫に戻る」
そして、冷たく発せられた翔ちゃんの声
「「「…………」」」
いきなりの事に誰も頭がついていってないのか言葉を発する人はいなかった
同様を隠せない中、一人だけ…
透真君だけはまるで自分を責めるような顔をしていたけど。
私には、関係無い
「行こっ!」
こんなところにいつまでもいなくていい。
あの女を思い出させる場所なんて
これからは私が翔ちゃんのそばにいるから
時代は再び変わったんだ
翔ちゃんの腕を引くと意外にも簡単に前に進んで。
それをいいことに私は翔ちゃんと、後ろから着いてくる幹部を引き連れて倉庫に戻った
────*
私と翔ちゃんは生まれた時からずっと隣同士だった
元々家が隣同士で親が仲が良かったのもあるけど
兄弟がいなかった私と離れた兄を持つ翔ちゃん
幼い頃の私達は自然と仲良くなったんだ
そして、私はその時から翔ちゃんが好きだった。
小さい頃から翔ちゃんは今の翔ちゃんの面影があって、周りの子も一線置いていたくらい大人びていたけれど
今より無邪気に笑ってたし笑顔も多かった
私は…そんなところに惹かれたんだと思う
翔ちゃんは本当に大切な存在
小学生の時、イジメから守ってくれたのも
一緒に撮った写真が多いのも
私の事良く知っててくれるのも
一番に私の変化に気づいてくれるのも
全部
翔ちゃんだった
それなのに…関係が壊れたのは小6の頃だった
あんなに仲が良かったおばさんとおじさん…翔ちゃんの両親が私達が10歳の時離婚して
1年位経った時から隣の家には知らない女の人が出入りするようになった
初めは翔ちゃんの彼女かなってビクビクしてたけどどうやら違うらしく一安心。
でも…おじさんはその女の人と再婚した
翔ちゃんはといえば同じ小学校に通ってた私達だけどしばらく顔を見ない日が続いて、
やっぱりショックだったのかなって思ってたけど翔ちゃんは強かった。
休みが明けると相変わらずクールだけど普通に笑顔を見せていたし、平気そうで
なんの心配もしてなかった
…だけど
ちゃんと翔ちゃんを見てなかったのは私だった
その日の学校帰りいつも通り2人で歩いていた
「翔ちゃん、あのお姉さん…誰?」
「父さんの再婚相手」
翔ちゃんは表情を変えなかった
それで、私もどうしていいかわからなくて
聞いちゃダメだったかな、とか。それでも私は翔ちゃんの事が知りたくて空回りした
「そ、そうなんだ!綺麗な人だね〜
これで翔ちゃん寂しくないね!」
「……………」
「いつから付き合ってたのかな?翔ちゃん何か聞いてた?」
「………何も。」
「へ、へぇー。おじさん照れてたのかな?
あ、そうだそしたら翔ちゃん弟か妹できるかもね?
お兄さんも何処にいるかわからないし落ち着いてくれたら私…「あのさ。」
歩みが止まった
少し先を歩いていた翔ちゃんが振り返る
夕日が翔ちゃんに被って表情は見えない
だけど、とても綺麗な夕日だったことは覚えてる
「お前何なの」
「え…?」
それはとても冷たく鋭い声だった
「お前に何がわかる」
「ごめ、そんなつもりは…」
「…………………」
それ以上何も言わない翔ちゃん
しばらく沈黙のまま見つめあってた私達だったけど
翔ちゃんは本当に何も口にせず踵を返して歩いて行ってしまった
その場に取り残された私。
「……………」
この時になって初めて私は翔ちゃんを傷つけたって理解した
ほんと、バカ
一番の支えになってあげたいのに
少しでも楽になって欲しいのに
こんなんじゃ、どうするの
「……うぇっ…うぅー…」
幼いながらに後悔して、自分を責めて
泣きながら家に帰った
まだ明日謝ればいいって
一晩置けば私の頭も冷えるし
翔ちゃんだってきっと許してくれる
そう、思ってたんだ
………私は明日が無いかもしれないなんて知らなかったから
その日を境に私は翔ちゃんと話さなくなった
いや…話せなくなった
次の日、家の前で翔ちゃんが出てくるのを待ってた
どんな事を言おうか?どうしたら許してもらえるか?そんな事を考えながら
けど、遅刻ギリギリになっても翔ちゃんは家から出てこない
インターフォンを鳴らすことも考えたけど、あの女の人とうまく話せる自信がなくて
仕方なく、その日は学校に向かった
私達はクラスが違ったから直ぐには会えなくて昼休みにクラスに行ったけれど、翔ちゃんはいない。
その帰りも
次の日の朝も
昼休みも、帰りも
そのまた次の日の朝も
昼休みも、帰りも。
…私は、避けられていた
それは小学校卒業、中学入学の時まで続いた。
なんと本当にそれまで1回も会わなかった
きっと頭が良くて、小さい頃からずっと一緒にいた翔ちゃんだからこそ出来た事だと思う
この時ばかりは幼馴染という関係を何度も恨めしく思ったりしていたけど
最悪の展開はここから始まった
中学入学式の日の数日後、翔ちゃんは姿をくらませた
私の両親も、おじさんも、その再婚相手の女の人も
誰も、その行方がわからなかった
それでも私は探し続けた
だって、私、翔ちゃんが苦しんでたの全然気づいてあげられなかったから
幼馴染みで一番近くにいた私なのに何も…
私にしてくれた優しさ、まだ何も返せてなかったから
毎日が苦しくて、何度も翔ちゃんが夢に出てきて
もう、生きてるのかわからないくらい。
それ程翔ちゃんは私にとって無くてはならない存在だったの
自分でも重いと思うけど、止められない
あくる日もあくる日も探し続けた。
…そして、とある冷たい風が吹き抜ける日
翔ちゃんは帰ってきた。
…ピンポーン
夕飯の後、リビングで宿題をしているとチャイムが鳴った
こんな時間に誰だろう?
そう思っていると
「出て」
母親の冷たい声に押され、扉を開けると…
「翔、ちゃん…」
扉の前にいたのは
翔ちゃんだった。
あの頃よりずっと身長も伸びて、大人っぽくなってて
また一段とカッコ良くなってた
「栞」
だけど、そう呼ぶ優しい声は全く変わらない
「翔ちゃん!!!」
視界がボヤけてまた翔ちゃんの姿を見失いそうで、思わず飛びついた
いきなり飛びついたのにしっかり受け止めてくれる程逞しくなってて驚いた
元から決して小さい方ではなかったけど私と大して変わらなかった翔ちゃんが、今ではすっかり男の人
翔ちゃんがここにいる、その事実を噛み締めていると
「栞、遅い!誰だったのよ!」
…母親の怒鳴り声が部屋の中から木霊して、びくっと肩が揺れた
顔を見る暇もなく急いで翔ちゃんから離れて家を振り返ると
ツカツカ音をたてて近づく足音
そして、母親の姿が見えると
母親は立ち止まって目を見開いた
その視線の先には私…
いや、私の後ろにいる翔ちゃんを見ていた
「翔聖、君…?」
「…お久しぶりです」
翔ちゃんが少し会釈をして呟くと
「あらぁ!翔聖君じゃない!!」
家ではまず聞く事のない高く弾むような声で翔ちゃんに駆け寄った
だから私は離れるしかなくて
一歩…二歩、横にずれて俯いた
よく、状況が飲み込めない
唇を噛み締め母親の鳥肌がたつような声に耐える
"今までどこにいたの?"とか
"カッコ良くなったわね〜"とか
"ゆっくり話したいわ!"とか
私が言いたかった事、全部先に言われてしまった
私が1番に言いたかったのにな
なんて、そんな事を頭の隅で考えながらひたすら、2人の会話が終わるのを待っていた
母親のマシンガントークで会話なんていえるのか、微妙なところだけどね。
「…じゃあ、風邪ひかないようにね?またいらっしゃい」
「はい。ありがとうございます」
やっと母親の話が終わると、
母親の顔はニッコリした笑顔のまま私に向いた
「栞も"風邪引くから"早く家の中に入りなさいよ」
「…はい」
顔をみたとき、ゾクッと背筋が凍った
目の奥が全く笑ってない…。
風邪引くからなんて心配してない、
ただ早く翔ちゃんから離れろって言ってる
どうしてそこまで………。
「それじゃあね?翔聖くん」
「はい、ご心配おかけしました」
母親は家の中に消えた
取り残された私達
「「………………」」
沈黙が、辛かった。
だって翔ちゃんの顔、すごく怖いから
眉を寄せて私を見てる
そうだ、翔ちゃんは知らない
母親がこんなになってしまったこと。
その時翔ちゃんは姿をくらましてたし
誰にも、言ってないから。
…その沈黙をやぶったのは翔ちゃんだった
「明後日、夜1時に迎に来る」
…え
「早く家入れ。
じゃあな」
それだけ言うと翔ちゃんはさっと身を翻し暗闇に消えた
明後日、夜1時に迎に来る…。
耳に残った声が頭に響く
それは、嬉しくて楽しみで
辛くて苦しい約束だった。
────────*
その日はすぐにやってきた
シーンと物音しない部屋を忍び足で抜け、
予め開けておいた小さい部屋の窓から地面に降り立った
…なんとか脱出成功
ミッションっぽくてちょっとだけワクワクした
家の外に出ると、家の前の壁に背を預けて立っているシルエットが見えた
…あれは、絶対翔ちゃん。
デートの待ち合わせみたいで、
なんだかドキドキしながら
「翔ちゃんっ」
駆け寄った。
私に気づくと翔ちゃんは体勢を直して私を見つめ、
「あまり時間が無い、急ぐぞ」
ぶっきらぼうにそう言って
私の手を引いて歩き出した。
「(うるさい、心臓…。)」
好きな人に手を握られて、緊張しないわけないよ
きっと翔ちゃんはそういうつもり無いんだろうけど私は…嬉しい
振り返る事のない背中を見つめながらつかの間の幸せを噛み締めた
しかし、翔ちゃんはどこに向かってるんだろう?
かれこれ10分程歩いた気がするけど…。
「翔ちゃん、どこに向かってるの?」
「ゆっくり話が出来る所だ」
え…どこ…?
2人共通の場所かと思いきやそうじゃないらしい
だって私はこんな所知らない
それはまるで、
"住んでる世界が違う"
─そう言われてるようだった
「ここだ」
翔ちゃんが立ち止まった先にあったのは
「え…?」
大きい建物。それもかなり。
…ここはどこ?
首を傾げていると
「行くぞ」
「ちょっ…翔ちゃん!」
ここは何処か、わからなくて困ってるのを絶対知ってるのに教えてくれない
意地悪なんだか無口なだけなんだか。
だけど私は引っ張られるままその建物の中に入っていった
「うわぁ…すごい…」
シャッターの横から中に入ると広がるのは大きな広場
物は何も置いてないけど何をするところ何だろう?
かなりの大きさがあるのに綺麗で思わず声がこぼれた
「…………」
翔ちゃんは勿論、反応はしないけれど。
ただ私の手を引いて広場の真ん中を歩いていく
この大きな空間には私達だけど足音が響いていた
…そして、一番奥。
大きな階段を登りきると扉があって
扉を開けると、廊下が姿を現した
一体どうなってるの…この建物
ますますわけがわからなくてただ翔ちゃんについて行くしかなかった。
少し進むと、翔ちゃんはとある部屋の前で立ち止まって扉を開いた
躊躇なく部屋に入る翔ちゃん。
必然的に私も入るしかなくて、引っ張られるように足を踏み入れた
──部屋の中、
整理整頓された、テレビやソファーや冷蔵庫がある部屋の中に
私と翔ちゃんは向かい合って座っていた。
翔ちゃんは足を組んでどこかを見つめてるし
ここが何処なのかサッパリわからない私は何もできずにただ座っている
私達の間には沈黙だけが流れていた
「栞」
その時、翔ちゃんが思い切ったように口を開いた。
「…っなに?」
久しぶりに呼ばれた名前が嬉しくてしょうがない
けれど、これから何を言われるのか、わかってる
「俺がいない間、何があった」
ジッと私を正面から見つめて
まるで嘘はつかせないと言っているよう。
何も無いなんて言えなかった
私は下を向いてポツポツ思い出しながらあの時を語った
「翔ちゃんが居なくなったあと…両親が離婚したの
原因は…まぁよくあるお父さんの浮気。
でもお母さんはそれが許せなかったみたいで、お父さんが困るように浮気相手に多くの慰謝料を請求した
…だけどお父さんの浮気相手は凄くお金持ちだったから
"それで別れてくれるなら"って笑いながら支払ったの」
その日の事は忘れられない
申し訳なさげなお父さんと、初めて見るお母さんの殺意ともいえる怒りに満ちた顔
余裕と自信に満ち溢れた綺麗な浮気相手
2人が去った後、お母さんはずっと泣いてた
「その時私は…翔ちゃんの事で頭がいっぱいで、お母さんの事考えてあげられてなかった
隠れてお父さんに会ってた私は、お父さん達の結婚式に行った
けど、その時全部がバレて…初めて手を上げられた
そこからお母さんは私を大切にしてくれなくなった。
いつからか私もお母さんを親だと思わなくなった。
…それだけだよ。」
訪れたのは再び沈黙。
改めて整理しながら話すと道筋が見えてきて私も頭の中が軽くなった気がした
だけどこれだけはどうしてもわからない
それは"誰が悪かったのか"という事
浮気をしたお父さんか
浮気をさせてしまったお母さんか
今のお母さんを作ってしまった私か
お母さんからお父さんを奪った浮気相手か
どうしても、わからない
考えても、わからない
全員が悪いと言えば悪いと思うけど
悪くないといえば悪くないと思う
"気持ち"は自分にしかわからないし
"好き"という気持ちは理屈で止められるようなものじゃない
わかってる、わかってるけど…
「…栞」
翔ちゃんに呼びかけられてハッとした
気づいたら翔ちゃんは隣にいて
「…………っ」
手のひらで私の頬を拭った
離れた手を目で追うと
その手は微かに濡れていた
「…っごめん」
泣くなんて、私らしくない
人の前で泣いたのはいつぶりだろう。
覚えてる限りでは随分なかったと思う
1人の時間なんていくらでもあったのになんで今なの…?
そう思うのに涙は全然止まらなくて。
もう、わけわかんない
「………っ」
震える唇を噛み締めて、俯く
すると、ふわっと背中と頭に何かが触れて
温もりに包まれた
それと同時に近くで香る翔ちゃんの匂い
凄く、懐かしく感じた
「翔ちゃん…っ」
翔ちゃん、翔ちゃん…。
やっと会えた
もう何年も会ってない訳じゃないのに
"ここにいる"
その事が何よりも嬉しかった
「ばかぁ…なんで勝手に居なくなっちゃうのよ…」
私も背中に手を回し、再会を噛み締めた
「…栞、このままでいいから聞いて欲しい」
その時、上から聞こえた翔ちゃんの声
私が頷くと
翔ちゃんは起こった事を思い出して確かめるかの様に話始めた
翔ちゃんが私と同じように親が離婚したのはずっと前の事だから知ってたけど
再婚して、その人との子供が生まれた事
その後家に帰らずに隣町を中心に暴れていた事
そんな時、綾瀬グループの人に助けてもらった事
中学に入学する時に輝という大きな暴走族に入った事
私の知らなかった事を沢山聞いた
「翔ちゃんはもうずっと此処にいるの?」
隣町を中心にって事は翔ちゃんは今隣町にいるんだよね…?
でも帰ってきたって事はずっといるのかな
「…いや。」
「そん、な…」
またはなれ離れ?
やだ、嫌だ…
翔ちゃんが居なかったら私は何を支えにして生きていけばいいの?
あの家の中で、苦しい空間の中で
これから先途方も無い毎日を送るの…?
そんなの…
嫌だ
言っても翔ちゃんが私を暴走族に入れてくれるとは思わない
どうしたら私と一緒にいてくれる?
どうしたら………
何か、無いのかな
目を閉じて考えていると
ふと、思い出した
"人を探してる。"
"インカローズ"
翔ちゃんの、秘密…
最低なのはわかってる
でも、でもね
私にはこれしかない。
「翔ちゃん」
「…………」
名前を呼んで顔を上げると、翔ちゃんの黒い瞳は私を見ていて
ぐっと息がつまったけど
もう戻れない
「インカローズを持った人が女だったら…
私が潰してあげる」
私は翔ちゃんの背中から手を離し口角を上げた
「翔ちゃんが居なくなったせいで私は頼れる人が居なくなった
だからお母さんが壊れて私も辛い
翔ちゃんのせいだよ…?
ねぇ、責任とってよ」
最低
最低
最低
ごめんね翔ちゃん
「ねぇ?だから一緒に居てくれるよね?」
無神経な事言ってごめんねって謝りたかった
輝の色々な話聞きたかった
だけど、私はもう崖っぷちにいる
逃げ場なんてないの
これ以上1人で立ってる事はできない
「私とずっと居てよ」
私を1人にしないで…。