【完】MOON STONE ~美しき姫の秘密~



「紅愛さん」


聞き覚えのある声に私は目を開けた


そこは何も無い白の空間


そして


「…ローズ」


赤い龍、ローズがいた


「これが最後ですがよろしいですか?」


「…うん」


ついに終わるんだね


この長かった争いが


「掟を破り石の力を使えば


どんな代償があなたに来るかわかりません


それでも…この力を使いますか?」


両親が記憶を消された事を考えれば


凄く怖い。でも


「それでも、使いたい」


皆がそれで笑顔でいてくれるのなら


十分だ


「わかりました」


優しく微笑んだローズ。そして


「…いってらっしゃい」


「ありがとう


行ってきます」


私も精一杯の笑顔を向けた


そして、目を閉じた


「ご幸運を」


意識が消える前、聞こえた言葉に微笑みながら
















再び意識が戻ってきて目を開いた


そしてその異変にはすぐに気付いた


「これが…石の力…」


体から力が湧いてくる


「お前…っ!」


その時聞こえた声に顔を上げる


さっきの光も冬詩が石の力を使ったからなんだ


そして両親の時も


私達を庇うために石の力を使った


薄々は気づいていたけど…やっぱり


自分のせいだと思うと苦しい


「 石の力同士の戦いか」


そうだね


誰にも終わりの予測がつかない争い


それでも


「私は絶対負けない」


「こっちのセリフだね


俺が負けるはずがねーだろ!」


バン!バン!バン!


パーン!パーン!パーン!


そうして再び私達の戦いは幕を開けた


打っては切られ進んでは押し戻される


一進一退の状況が続いていた


お互いの顔に余裕なんて無い


全力がぶつかり合っている


周りは祈るように二人を見つめていた



はぁ…っ…はぁー…っ…


だめだ意識が霞んできた


力は溢れ出てくるのに体がついていかない


血が足りてないのなんてわかっていた


止血もろくにしないで激しく動き回ってるんだから


冬詩も石の力で格段に強い


速い銃弾を交わしながら攻める


ただでさえ苦しい状況の中で


そんなことが出来るだろうか


…もう、できるかできないなんて


言ってる時間も体力も無いんだけど



やるしか、ないんだ



ただ…勇気が無くて


銃弾の痛さを知ってしまった今


無意識に体が拒否反応を起こす


こんな時でも弱虫なんだなぁって


また弱気になりそうになる













「カ…ンザ…キ…」


「…………っルイ!?」


その時後ろから聞こえた小さな声に


思わず振り返った


…さっきまで意識がなかったはずなのに


そこには苦しそうに私を見ているルイがいた


「おいおい、よそ見してるなんて余裕だな」


だけど冬詩のその言葉で再び前を向かざるをえなかった


どうしてもルイの言葉が聞きたくて


通信機に声を掛けた


"ルイ…聞こえる?"


"あぁ…"


"…ごめんなさい、本当に"


変わりのない優しい声に少し安堵する


"謝る…なよ…"


"でも…っ!"


"カンザキ



あ…りが…と…な…"


"え?"


"ルイ?ねぇ聞いてる?


ルイ!!!"


最後のお別れみたいな言い方に嫌な予感がした


余裕があるとか無いとかそんなのお構いなしに


ルイの方を振り返った


「………っ」


なんで


ルイは…顔をあげていたのに


今は再び力無く倒れていた


心がぐっと詰まる思いがした


自分の顔がどんどん強ばって


行き場を失った声が胸を熱く締め付ける




どうして、とか、なんでとか


そんなのわかりきってたことだけど


それでも気持ちの整理がつかない


痛くて苦しくて辛くて


カタン…


力が抜けて支えるものが無くなった刀は


地面に落ちていった


「はっ降参かよ?」


降参?


大切な人を失ってそれでも戦う意味ってあるの


それも、いいのかもしれない


「ガッカリだな」


無言を肯定と受け取ったのか冬詩は


カチャ…


私の頭に銃を突きつけた


もう銃を突き付けられることに恐怖も感じない


慣れちゃったのかな、なんて。


「…変わりたい」


小さく呟いた


自分の心の声を


自分の耳で聞いた


すると不思議とモヤは無くなって


心がなんだかスッと軽くなった


それは


私が新しい私を受け入れた瞬間。


強くなりたい、変わりたいと強く願い過ぎてしまったゆえに


新しい自分はそれで本当にいいのか


自信が無くて、分からなくて


心の奥に秘めた本当の気持ちをさらけ出せなかった


だけど。


強くなって変わっても


大事な人がいなかったら


守りたい人が傍にいなかったら


意味、ないじゃん


怖がって逃げて後に後悔するのなら





例え間違ってたとしても


何かをしなきゃいけないんじゃないって


そう思えたから


"今"変わるんだ



「そんなわけないじゃん」


ゆっくりしゃがんで刀を手に取る


「これで終わらせよう」


沢山迷って沢山遠回りをしたから


そして、多くの人を傷付けすぎた


「…そうだな」


冬詩も私の変化に驚きつつも冷静だった


お互いが離れて距離を取る


セイラと戦ったあの時みたいに


「じゃあね」「じゃあな」


それが、合図


お願い。最後に少しだけ力を貸してね


心の中、小さな声で呟いた


バーーン!

カンッ!!


最後のその音はいつまでもホールに響いていた






誰もが息を呑む中、肩で息をする


でも時は止まったままだった


私も冬詩も動かない


今の所、私はどこにも痛みは無い


相打ちだったんだろうか











そう思った瞬間






「くっ…」


…………タンッ




冬詩が、倒れた


「…はぁっ」


やっと、全て終わったんだ


でも


「冬…詩…」


痛みに顔を歪めて荒い呼吸を繰り返す冬詩


"大丈夫?"


危うく出かかった言葉を飲み込んだ


そして、


石に触れてください


ローズの声に従って冬詩に近づく


ゆっくり、ゆっくり手を伸ばした


黒く妖艶に煌めくその石に触れた


その瞬間


冬詩は力が抜けたように動かなくなった


すごく穏やかな顔をして眠っているようだった


「……っ…………」


ふと力が抜けた


「紅愛!!」


千歳の声を聞きながら


地面に倒れ込んだ


これで、いいんだよね…?


誰が正解を知っているかなんてわかんないけど


後悔は、なかった


ゆっくり薄れていく意識


晴れやかな心に対して今になって体中が痛みだす


こんなに痛かったんだ、なんて思えるほど


途中は全然忘れてた


だけど


「翔…」


考えないようにしてたのにこんな時にまで頭の中にアナタがいる


翔が好きだと気づいてそれからずっと苦しかった


今まで通りいかないのもわかってたけど


あの時、私はあの決断をくだすしかなかった


考えないように友達だって思えば思うほど


気持ちが溢れて友達なんて思えなくて


辛かった


極力話さないようにしてもずっと意識しちゃって


目で追っちゃうのは翔だけだったから


こんな事になるんならもっと一緒にいればよかった、なんて


今更だね


自嘲と愛おしさで少し笑みがこぼれた


その時




ふわっとあの香りが鼻をかすめた


私の大好きなあの人の香り


夢、かな?そう思ったけど


突然暖かい温もりに包まれた


この温もりを私は知っている


ゆっくり、ゆっくり目を開いた


「…ッオイ!」


「翔…」


私は背中に腕を回され抱き止められていた


温かくて安心する香りに包まれてどうしようもないくらい幸せを感じる


頬を緩ませる私とは裏腹に翔の表情はどこか深刻そう


「翔…そんな顔…しないで…」


私がそう言うと翔は目を少し見開いて


更に顔を歪めた


そんな顔、して欲しくなんかないのに


あまり表情が表にでる事は無いけど


今は凄くわかりやすい


でも私は笑った顔が見たいのに…


翔は笑う事が苦手だから無理だとは思うけど


せめて悲しそうな顔はしないで


「…っもう喋るな」


「ふふっ、ひど…」


喋るななんて酷いなぁ


私はたくさん伝えたい事があるのに


時間は待ってくれないんだね


それなら1つだけ伝えよう


力の入らない右腕に必死に力を込めて


ゆっくり翔の頬に手を伸ばした


…届いた


目を見開く翔を優しく見つめて


「……っ…き……」


あぁ、声が掠れた


やっぱり翔は聞こえなかったのか私に顔を傾けた


もう一度…


「だ……ぃ…す……っぁ…」


どうして?


肝心な時にズキッと傷が痛んで声が出ない


「おい!しっかりしろ!」


頬に添えた手は翔の手にぎゅっと包まれた


もう一度、そう思って息を吸った


だけど…


伝えない方が良かったのかもしれない


ふとそんな考えが浮かんで


何も言えなかった


だって、私が伝えたらきっとあなたは傷つくから


それに…それよりも最後はこの優しい温もりを感じていたかった


でもそろそろバイバイだね


この気持ちは伝わらなくてもいい


だからせめてこれだけは言わせてね


「あ………り……がと…」


わたしが微笑んだ瞬間


ぎゅーと強く抱きしめられる


翔、今ね凄く幸せだよ


…ありがとう


弱々しく抱きしめ返して


もう一度翔を近くに感じて


プツリ、意識は闇へと落ちて行った



「紅愛!!!!」









愛おしいアナタの声を聞きながらーーーー


〜翔聖side〜


ピッ…ピッ…ピッ…


気が狂いそうな位一定の電子音


白に埋め尽くされた広い部屋に


ポツリと置かれているベッド


鼻をつく独特の匂い


俺はこの無の空間が嫌いだった


ここは…いつだって絶望の声がする


けど、こいつは


もっと辛い思いをしてきたんだよな


思わず目の前に横たわる手をぎゅっと握った


その瞬間少し肩が跳ねるのがわかった


この空間には慣れてしまったけど


いつも感じるこの異様な冷たさは全く慣れない


「紅愛…」


結局また何もしないままお前が傷ついた


"これはシリマナイトとインカローズの戦いです


絶対に手を出さないで下さい"


よく夢に出てくる青い龍、アオの言葉。


守ろうとした訳じゃねえ


何度も戦おうとした、なのに


アオは俺を止めた


石の力を使って。金縛りをかけやがった


けどその間にどんどん最後の戦いは進んで行った


聖蘭の幹部、No.1暴走族の総長でありながら


こんな時に何も出来ない俺は無力と同じ


アイツは自分を何も出来ない、そう言ったが


本当に無力なのは俺だった


「クソッ…」


石のせいにするつもりはない


けど俺の兄貴がアイツの兄を殺した


その真実、


消えない事実がある


俺がアイツの隣にいる事は許されるのか?


…これは俺が決める事じゃない


情に流されるんじゃなく真剣に考えて



コイツから聞きたいんだ


「早く目覚ませよ…」


自分の体温で少しだけ温かくなった手を離し頭を撫でた


少しの間顔を見てから病室を去った



~翔聖side end~























「う、ん…………」


ゆっくり目を開いた


見えるものは特に何もない。


あれ…私何してたっけ…?


冬詩と戦って翔と話して意識を失って。


ここは夢…?


まだぼやっとする頭で考えていると


「紅愛さん」


ふと、聞き覚えのある声に名前を呼ばれて振り返る


「ロー………ズ…?」


だけど、その声は確かにローズなのに


私の視界に入ったのは


私と同じ位の年代の赤い目をした女の子だった


「紅愛さん、私です。ローズです」


「え?…ローズって人間だったの?」


龍、じゃなくて?


思ったままの質問を口に出すと


ローズらしい女の子は静かに微笑んだ


「あの龍は私の仮姿


私、本当は人間なんですよ


そして、私の名前は…


紅羽



…貴方も聞いたことあるしょう?」


紅羽…。


「あの夢に出てくる?」


「はい。


これから私達に起こった全てを話します


そして、石の事も全て。」

ー月希、紅羽sideー



ずっと昔とある小さな村がありました


そこは山や川、森。自然が沢山あってそれはとても美しい村でした


下の発展した街とは干渉せず自給自足の生活。


それでも学校はありましたし病院やお店も有り栄えていました


…しかし、村が他の街と関わりを断つのには理由があったのです


それは私達の"色"


この村は目や髪の色が皆、赤や青、緑…と


周りから見れば"異端"だったからでした


原因は…きっと遺伝子の突然変異。


もちろん、当時そんな事はわかるわけもなかったのですが…。


そして、私達はそんな一風変わった村に生まれたのでした


來馬、夜斗、月希、そして私


いつもこの4人でいました


家も近く、幼馴染みという関係。


いつまでも仲良くいられると思っていたのに…。


事態が動いたのは私達が高1になった頃でした







それは日が沈む少し前、小さな丘で來馬と私は立っていた


呼び出したのは…私


どうしても伝えたいことがあって


「來馬…あのね…」


私は緊張と恥じらいで顔が真っ赤になるのを感じて必死に言葉を紡いだ


「まって、俺から言わせて」


だけど、伝える前に來馬は私を止めた


え?と下に向けてた視線を來馬に移した


そして


「紅羽ずっと好きだった。付き合って欲しい」


來馬は私と同じ位顔を赤らませてそう言った


それは私の言いたかった事で。


びっくりして声が出なかったけど


「…っうん…私もずっと好きだった」


すっごくすっごく幸せだった


そして日が沈む寸前私と來馬は顔を合わせて微笑んでキスをした






しかし、その幸せの一方で



「ふざけんじゃねぇよ!」


夜斗が私達を許せなかった。なんて全然知らなくて




そして、その姿を見て胸が潰れる程の痛みに耐え


「きゃっ…夜斗やめて!」



「うるせぇよ!黙れ黙れ黙れ黙れ!」


夜斗を宥めようとしていた月希の事も。








私達は自分の事しかかんがえていなかったんだ



「殺してやる!」



だから、こんな悲惨な事件を引き起こしてしまったーーーー




それから暫く


「紅羽帰ろう?」


「あ、來馬!今行く!」


毎日登下校を一緒にして放課後はたまにデート


それが私は凄く幸せで


やっと掴んだ大好きな人との時間


片時も手放したくなかった



「あ…夜斗っ!待って!!」


「……………」


だから夜斗や月希が私達と関わらなくなったのは


私達に気を使ってる、なんて勝手に勘違いしていた


私は來馬が好きで、來馬は私を好きでいてくれる


月希は夜斗が好きで夜斗は…月希を好きになって


私と月希は親友で來馬と夜斗も親友


それで全て上手くいくんだって、私達の絆は永遠なんだって


そう思っていた


…人の気持ちは理屈じゃない、それを私は知らなかった





「なぁ月希」


夜斗はスタスタ歩いていた足を止め


いつものように後ろをチョコチョコ歩く月希を振り返った


「え、えぇ?なに?」


彼女はいきなり話しかけられた事に驚きながら立ち止まった


夜斗から話しかけてくれた事、名前を呼んでくれたことが本当に嬉しかった


「この街の呪い知ってるか?」


「…それって"夜の呪い"?」


「そう」


夜の呪い、それはこの街の有名な呪い


昔、この街にいた若いカップルの話だった


愛し合ってた2人だけどある日男の子の浮気が発覚し


悲しみにくれた女の子が男の子を殺害し自分も後を追うように自殺した話


そして二人が亡くなった場所に憎む人を連れていくと呪いがかかる、らしい


だけど…その代償は大きいんだとか


「それが、どうしたの?


……まさか!?」


「ふっ、まさか」


ードキッ


「そ、そっか。だよね」


本当に久しぶりに見た夜斗の笑顔


高鳴る鼓動に呪いの事なんて頭から抜けていた


それから数日。いつもと変わらない日が過ぎた


ーだけど


17年もの絆が全てが崩れるのは一瞬だった


とある日


それは薄暗く黒い雲が立ち込める日だった


「ねえ、夜斗見なかった?」


帰る時間、いつもはいるはずの夜斗の姿が見えない


月希はクラスメートに訪ねた


「夜斗君?たしかさっき紅羽と來斗を追いかけて出て行ったよ?」


…なんだろう


「そ、そっか!ありがとう」


凄く嫌な予感がする


月希は慌てて教室を飛び出した


だけど、どこを探しても3人はいない


いつもの道も、よく寄り道したお店も


どうして…?


「…あ」


ふと、ある場所がひらめいた


「まさか…」


それは勘違いであって欲しい場所だった。


冗談だと思ってたのに。でも


私に笑顔を向ける事なんてあるわけないじゃない


どうして気づかなかったんだろう…


…いや、まだ決まった訳じゃない


きっと何か用があったんだよ


そう思わないと不安に押しつぶされそうで


嫌な鼓動を押し込めて再び走り出した














「紅羽!來斗!」


來斗と帰っていると、後ろから呼ばれて振り返る


「夜斗…」


相手は夜斗。最近あまり話してないから驚いた、だけど


「月希は?」


私が言いかけた事を來斗が首を傾げて言う。


同じ事考えてた、なんて思って内心少し嬉しいかったり


「あぁ、月希は今日用事あるらしい」


「そうなんだ」


「んでさ、今日月希と一緒に行くとこあったんだけど…暇なら行かね?」


月希と一緒に…?


普段人と関わろうとしない夜斗が女の子と二人で行くなんて


…月希、やるじゃんっ!!


「月希と約束してたなら月希と行った方がいいんじゃない?」


頑張れ!月希!


でも夜斗は


「それ、今日じゃないとダメなんだ」


「…そうなの?」


えぇータイミング悪い


「來斗どーする?」


來斗を見上げると、うーんと悩んでるみたいだったけど


「夜斗がそう言うなら行くか」


その言葉で私と來斗は夜斗の後ろについて歩き出した




「はぁ…はぁ…」


私は舗装されてなく足元が悪い山道を走っていた


まさか、夜斗はあの呪いを実行しようとなんてしてないよね…?


きっとその場所には居ない、何かの間違えだって信じてるのに


早く行けと体は言う。


まるで、嫌な予感が当たっているかのように


それでも信じて足を進めた。間違いならそれで良いんだから


…でも


「足……跡……?」


降った雨で少しぬかるんだ道にそれはあった


まさか…ね。


確かに足跡はあるけどどれも確認できるようなものじゃないし


うん、そうだよ、そう


そう思ってぬかるんだ道を抜けた。


するとそこは小さく開けていて何もなさそう


次に繋がる道は無さそうだしここで終わり


やっぱり気のせいだ。安堵のため息をついた。その時


「………て!!!」


人の、声…?


それは道になっていない森の方から聞こえる



少し近づいて耳を澄ませた







「いやぁー!!やめて!!!!!」


…紅羽っ!!


それは紅羽の声だった


体が反射的に動いて走り出す


やっぱり勘違いじゃなかったのかもしれない


ただひたすら私は走った


「紅羽っ!どこなの!?紅羽ー!!!」


私のお腹位ある草を掻き分けて薄暗い道を進んでいく


お願い紅羽、無事でいて…!


強く、強く願った


…その時、一筋の光がさした


「出口…!」


なんでかはわからないけど疑いは無くて光に向かって走った


「………………っ」


眩しい光に一瞬顔を逸らした


だけどもう一度目を向けると



「…………………っっ!!」




声が、出なかった


私が目を向けたその時


崖の淵に立っていた男の子が紅羽の背中を押した


紅羽はバランスを崩して


「っ…月希!」


一瞬、私と目が合って。


私の名前を叫びながら崖の下へ姿を消した


訳が、わからなかった


頭がぐちゃぐちゃで整理できない


「くれ、は………」


私が呟くと、紅羽を突き落とした張本人。


…見覚えのあるその男の子はゆっくり振り返った


「……夜斗っ」


振り返ったその瞳に光は感じられなくて


全てに諦めたような生気を宿していない顔だった


そして、狂気にも近いオーラに思わず固唾を呑んだ


「ははっ…意外に早かったな」


「嫌な予感がして…走ってきたの」


「ふぅん、まあいいよ。


お前が来たところで俺達の未来は変わらないからな」


吐き捨てるように言う夜斗に眉を寄せる


夜斗は…本当は凄く優しいんだ


でも、そんな夜斗を変えたのは大人たち。


偏見、好奇の目、罵声…それが彼を変えてしまった


夜斗の家系…家柄は元々街の人間で、身分が低かったらしく差別に苦しんでた


そんな時、たまたま街にいた私の村の"青"の人が夜斗の先祖の心の清さを見抜き村に来るように誘った


そして、村に来る決意をした夜斗の先祖は早々に村に来たんだけど…


そこでも夜斗の先祖は苦しむ事になった


私の村は皆髪や目の色が違うからその色で呼ばれる事が多かったの


だけど夜斗の先祖の髪の色は"黒"


それは、私の村では"異端"だった


なんせ、"黒"の人は生まれたこともなかったし、それもあってか"不吉の色"としてあまりよく思われてなかったから


だけど"青"の懸命な働きかけで少しずつ皆の意思は変わっていき今では偏見はほとんど無い


ーー…それでも"黒"への根本的な理解は得られなかった


今回の件で"青"は優しき心を持つ恩人として評判があがり"黒"は優しき青に助けられた者とされた


つまり、"青"は"黒"の恩人なのだから奉仕しろ、と


それはどんなに"青"が拒んでも変わらなかった


そして、代が変わると立場も逆転した


"黒"を助けた"青"の跡取りは、それは欲にまみれた傲慢は人だった


跡取りは"黒"に理不尽な取り引きを前代の恩を使い無理矢理結ばせた


…それでも"黒"は挫けなかった


街にいた頃に比べれば、と辛抱強く耐えたんだ


そしてまた次の代になった


その時の"青"は未だ親の影響が残っていたが"赤"との出会いにより状況は一変


"赤"は真の優しさを一族の教訓としていた


そして"青"は"赤"の心に触れ優しさを取り戻した


それから私達の代まで若干の"黒"への差別もあるがだいぶ落ち着いた


"黒"つまり夜斗は"青"、來馬が恩人であると共に自分達を迫害した敵でもある

それに対して"赤"、紅羽は真の恩人


それが、今夜斗を動かしている一部なのかもしれない


だけど多分…ほとんどは紅羽が好きだから。


きっと紅羽と來馬が付き合ったのが許せなかった


夜斗と來馬は親友。


來馬は凄く優しいから夜斗も信頼してる、でもやっぱり上下関係みたいのがあるように感じてたのかな


…どうしてこんなに上手くいかないんだろう


「私…夜斗は凄く優しい人だと思うよ」


"黒"だから何だというの?


助けられたから苦しめられて恩を押し付けられてもいいの?


…そんなの、おかしいじゃん


人は助け合って当たり前じゃない


夜斗は繊細な所があるから傷つきやすいし感情を出すのが苦手だから周りから怖いって誤解されやすい


でもね、本当は誰よりも友達思いなんだよ


私や來馬、紅羽が体調を崩せば一番に心配してお見舞いに来てくれたし


私がクラスの男子にイジメられたときは助けてくれた


そんな不器用な夜斗が私は好きだった


…たとえ、嫌われてたとしても


「お前、相変わらず頭おかしいな」


だってほら…夜斗は本気で迷惑そうに睨み付けてくる


でも、それでも…


「夜斗が私の事嫌いなのは知ってるよ


だけど私は…夜斗の事が好きだよ







ごめんね」


好きで、ごめんなさい


傷ついてるあなたに何もできなくてごめんなさい


この気持ちが届かなくてもいいからまた4人で一緒にいたいなんて運命は許してくれないみたい


「お前…」


そして、その時初めて夜斗が私に嫌悪の目以外の表情をした


それはきっと


「……っ……ぅ…」


私が泣いていたから、なのかな


気づけば大粒の涙が頬を流れていた


初めて私に向けられた表情に胸が苦しい


「夜斗は…っ


もう少しワガママになってもいいんだよ


自分の気持ち、殺さなくてもいいんだよ


もう過去なんて周りの目なんて気にしないで


堂々と生きて良いんだよ


紅羽も來馬も…私も。支えるから。


だってあなたは…




あなたなんだから」


お願いします


夜斗を楽にさせてあげてください


これ以上苦しめないでください


ポロポロと涙が溢れる


夜斗がどんな表情をしているのかわからない


でも多分、何こいつ?うざいって思ってるんだろうな


今更だけど、もう慣れたことだと思ってたのに


…やっぱり辛いかもしれない


悲鳴を上げる胸を抑えるようにぎゅっと手で服を掴んだ


その時


「月希、来い」


…あぁ、今名前を呼ぶなんて反則だよ


その意味が何なのかわかってるよ。


終わらせるんだね








…私をその崖から落とす事で



私は静かに歩き出した


夜斗の元へと


夜斗が私の事を名前で呼んでくれて、


来てって言ってくれる日が来るなんて


意味が違っても嬉しい


…嬉しいけど悲しいよ


私は夜斗の目の前まで来ると


一度夜斗の顔を見上げて


そして、目を瞑った


久しぶりに正面から見れたかも


やっぱり夜斗はカッコイイ


クラスの女子が言ってたな


夜斗君は学校一カッコイイって。


きっともっと器用に生きれてたなら女の子に沢山囲まれてたんだろうね


でも、きっと人の気持ちを弄ぶ事はしない


だって紅羽をずっと一途に思ってたんだもん


そして、夜斗が近づく気配がして更に固く目を瞑った




…ばいばい、夜斗。不器用なあなたが大好きでした


ふっと力を抜いて衝撃に備えた












なのに


次の瞬間訪れたのは


痛みではなく


全身に広がる温もりだった