「戻れ!」


 叫びは銃声にかき消された。彼の目に入ってきたのは銃声と共に撃たれ、吹き飛ぶ仲間たちの光景。 けれど彼に悲しみを思う気持ちも、悪態をつく時間もなく、硬直した体を無理やり動かした。

 この場から逃げなければ自分もやられる、彼は身を翻しその場を離れようとする。だが左足に弾丸を食らってしまい、体が崩れそうになる。他の足で体を支え、左足を引きずって駆け抜けた。

 しばらく走り続け、後ろを振り向いたが誰もいない。足を止め息を整えるとその場に座り込み、足から流れる血を舌で舐める。痛みのせいだろうか、微かに震えているのがわかる。

 顔を上げ、先ほどまでいた方を数秒眺めた。そして体を起こし、その場へと歩き始めた。

 時間をかけてたどり着いたその場には仲間たちがいた。だが誰もいなかった。

 皆死んでしまったのだから。

 ある者は胸から大量の血を流し、ある者は頭蓋骨を吹き飛ばし、白い地面に赤い模様をつけながら横たわっている。


「おい、起きろよ」


 彼はその中の一匹に駆け寄り、話かけた。だが返事は返ってこない。


「なあ、起きてくれよ」


 言葉は空を切り、山の奥へと消えていく。生暖かい液体が彼の頬を流れる。初めて流れた涙。両親が死んだ時も、仲間が餓死した時も、今まではそれを仕方のないことだと思って受け止めていた。 大切な物を無理やり奪われた気持ちだけが、彼の心に流れ込む。


 彼は吠えた。

 空に向かい、仲間が戻ってくると信じて。

 彼は吠えた。

 憎しみと悲しみを風に乗せて。

 彼は吠えた。

 足の痛みを堪えながら、仲間に捧げるように。

 彼の左足から流れ出る血は雪を赤く染め上げる。それもまた時間と共に雪が覆い、消していった。