「ごめんね、俺は「風神」でもなんでもない」

はっ…?
そう、小さな声がカンナヅキの口から漏れた。

「だから、俺は「風神」という名を借りただけの」


「人身売買者」<ヒューマンブローカー>なんだよ。


時が止まったと思ったのと同時に、その闇職業の名前が反復される。
何度も聞いた、その職業。
カンナヅキ自身が小さい頃、実際にこの者たちによって商品にされた事がある。
そして、奴隷と言われた日々から抜け出したのがつい最近。
カンナヅキの脳内には沢山の恐怖が蘇った。

知らぬうちに、視界が滲む…頬には涙が伝っていた。
「風神」でなかった事がショックではない。
あの恐怖がもう一度訪れようとしている恐れのせいだ。
手は震え…否、手だけではない。全身が、恐怖を感じ震えている。

「風神」と名乗っていた男は、そんなカンナヅキを見て一度奴隷にされた事があるのだとすぐにわかった。
何より、カンナヅキのようなツキビト族とは、海に囲まれた島でさらに山に囲まれた村に住み、どことも交流がなかったその村は独自の文化を発展させる上で、普通の人間よりも強くなり、戦闘を好む性格の者が多く「傭兵部族」と名を馳せている。

そんな「傭兵部族」は肉体的な労働には持ってこいであり、回復力も通常の人間とは桁違いに多い。
しかし、それほど強いツキビト族がそう簡単に捕まるわけもなく、女だろうが子供だろうが高い値段で取引されるのが現状である。

そもそもこの≪空船≫自体パーティーなど建前で、奴隷を誘い、捕らえる事を目的とした乗り物だ。

そして、今、ツキビト族の女がこんなにも捕らえやすい状況下にある。


「風神」と名乗っていた男は震えながら俯き、動く気配のなくなったカンナヅキに、そっと両手を伸ばした。