「あいつ……コンマス、いい奴だな」




音合わせを終え、ヴァイオリンをケースに仕舞う詩月に理久が言う。




「如月さんは、よく声を掛けてくれるんだ」




「少し安心した」




「ん……。今日はさ、1人ではないんだって弾きながら思った」




答える詩月の声が掠れる。


元々、声変わりし損ねた掠れ気味の細い声だが、理久はどこか違和感を覚えた。



楽譜を纏める詩月の手が微かに震えている。



息遣いが荒いようにも思える。




「周桜、お疲れ」



コンマスの如月が数メートル先から、詩月に声を掛け自動販売機で買った缶ジュースを放った。



放物線を描く缶ジュースを詩月は、受け取り「ありがとう」と微笑む。




「理久……」




如月が背を向けたのを確認し、詩月は理久に缶ジュースを差し出す。