「緒方には……安坂さんがいる」




詩月はポツリ呟き、歩き出した。




「周桜!?」



「ちょっ……詩月さん!?」



詩月は郁子に「好きだ」と、囁いたことがある。



転校してきた年の冬。

駅前にある楽器店の主催で、楽器の宣伝を兼ねライブ演奏をおこなった数日後だった。




ピアニストの父、周桜宗月が十八番とするショパンを弾けないと悩み、心身共に憔悴していた時、郁子に励まされた。




詩月に深い意味はなかった。



励まされた感謝の気持ち、郁子の明るさに言葉が溢れ口にした。




安坂貢と緒方郁子、彼らは幼なじみで、いつも一緒にいると誰もが思うほど、仲が良い。



当人たちに自覚はないようだが、学内では公認のカップルだ。



他人の入り込む隙などないと噂されていた。

一昨年の冬以来、詩月と郁子の仲を噂する声も囁かれている。