「君が街頭演奏をしていることは知っている。
私は昨秋のコンクールでの君の演奏にも感心したが、それ以上に君の街頭演奏に感心した。
君をNフィルに迎え君と競演できたことは、私にとってもオケにとっても何よりも素晴らしい贈り物だ。
君の音色は未完成ながら聴衆を魅了し、惹き付けてやまない。
同時に君の音色は此処、日本に留めておくには狭すぎる」


「……Meister」


詩月の目が驚きに見開かれ、口から溜め息が漏れる。

何か言わなければと思いながら、何も言葉にならない。



「即答しなくていい。
まだ、時間はある。ゆっくり考えて返事を聞かせてほしい」



はっきりと力強い口調、訛りの強いドイツ語でマエストロが熱く、詩月を誘う。



マエストロを見上げる詩月の瞳が潤む。



戸惑いと嬉しさと不安に心が揺れる。



詩月は真っ直ぐにマエストロを見つめたまま、黙って頷いた。