ベランダ越しの片想い





わたし、隅野 咲歩(すみの さきほ)には生まれた頃から一緒のハイスペックな幼馴染がいる。



彼は帰宅部になって二年目なのに、体力は中学の時からそんなに落ちていない。

持ち前の運動神経で大抵のことはこなせているらしい。



勉強だって、進学校じゃない桜野高校にしてはなかなかの学力を持っている。

私の方が勉強時間は長いはずなのに、どうしても越えられないの。



その上見た目もいい。

明るい茶髪は短く切りそろえてあって、爽やか。

華やかな笑顔でその場の空気を暖かくしてくれる。

そして、瞳は丸く優しい。



幼馴染で育つ環境は似たようなものだった。

ところが、わたしは人見知りが激しくて、コミュニケーションなんてとうの昔に放棄して。

黒髪ストレートのショートカットの長い前髪から覗く瞳は鋭く、高い身長も冷たい印象を与えてしまう。



可愛らしさとは無縁のわたしと違って、ムードメーカーの彼はいつも笑顔でクラスを引っ張って行ってくれる人気者だ。



彼の名前は川崎 晃(かわさき あきら)。

わたしの好きな人。



アキは約三ヶ月前の四月に、一年生の頃から。

つまり、一年間も思い続けていた相手にふられた。














月曜日の朝は一週間で一番体が重い。

ベッドの上でずっと横になっていたいのに、わたしたち学生は学校に行かなくてはいけない。

これが本当に、辛い。



季節は夏。

七月の初めとテストが終わったばかりで、あとは夏休みを待つばかり。

惰性の日々だ。



目元に力を入れて、まぶたを上げて、よし。

思い切って立ち上がる。

シャッとカーテンを勢いよく開けてしまうと、一昨日洗った上履きを取りにベランダに出た。



「あ」



向かいにある同じようなベランダに立つのはわたしの幼馴染──アキだ。

今朝はシャワーを浴びたのか、短い髪が濡れて張りついている。



「ん? あぁ、咲歩か。はよ」

「おはよう。
今日、一緒に学校行く?」

「だな。お前まだ準備あるよな?
俺もあるし、終わったら下で待ってるわ」

「わかった。後でね」










毎日一緒に行くほど仲よくはないけど、わざわざ避けるほど仲が悪くもないわたしたち。

ここ最近はまた回数が増えたけど、タイミングが合えば登校も下校も一緒になったりする。



ただ、前までは学校に着いてからはアキの好きな女の子、清水 咲良(しみず さくら)さんに勘違いされないようにわざとお手洗いに寄って時間をずらしていたけれど。






軽くシャワーを浴びたら、黒のボックススカートを履いて白の半袖シャツに腕を通した。

水色の紐リボンを結んで、鞄を手にリビングに。



トーストをコーヒーで流しこんで家を出ると、手をひらひらと振るアキがいた。



「じゃあ行くか」



トン、とわたしのローファーの踵が音を立てる。










ふたりで並んで歩いてきた道はたくさんあるけど、嬉しいなぁと。

たったこれだけでそう思うようになったことに、少しこそばゆい感覚を覚える。



足並みを揃えてくれているところや、今みたいに混みあう電車で人から守ってくれるところ。

それから無愛想で距離を置かれているわたしにも気を遣わず構ってくれるところが、わたしの心を動かして止まない。



ガタンガタン、という振動に合わせて周りもみんな揺れる中、彼の顔を見られない。

顎を引いてアキの水色のネクタイを見つめる。






いつからだったろう。

そばに彼がいることを当然だと思っていたのは。



いつからだったろう。

わたしが特別大事にされているわけではないことに苦しさを覚えたのは。








みんな、彼を特別に思い始めてから。








────あの日、入学式の日。

わたしは人が恋におちる瞬間を初めて見た。










あの頃は今よりずっとアキと仲がよかったから、初日だし一緒に帰ろうということになって。

だけどわたしは運悪く、学級委員が決まるまでの代理──つまり雑用係になったせいで遅くなってしまっていた。



急いで教室に戻って来ると、そこにはもうアキ以外は誰もいなくて。



待たせてごめん。

そう口にしようとして、彼の違いに気づいてしまった。



決意の握り拳。赤い頬。熱を孕んだ瞳。

中庭にあるなにかを眉を下げて見つめていて、わたしには気づいていない。



ちらりと視線を辿ると、ひとりの女の子が桜の木の下で泣いていた。

存在に気づけば聴こえる泣き声は、痛々しいの一言に尽きる。






……あの時は誰か知らなかったけど、今ならわかる。

あれは、清水さんだった。



そして、これだけはすぐにわかったの。





わたしの幼馴染は恋をしたんだって。





彼の変化に気づいてしまった。

それだけなら、よかったのに。





ずっと一緒にいたのに。今更だってわかってたのに。










それなのに、わたしは清水さんに恋をした君に────恋をした。














ふたりは波長が合う、と言うのだろうか。

思っていたよりずっと気が合うみたいで、クラス公認の仲になるのもあっという間だった。



恥ずかしがって関係を曖昧にぼかすふたりだったけど、初々しいその姿もいいよねぇなんて言われて。

アキは昔から好意を向けられることが多かったけど、ふたりなら仕方ないと諦める子がたくさんいた。



だから、わたしは前ほどアキのそばにいるのはやめて、ベランダで話すことも回数を減らした。

全く話さないわけじゃないし、最近のことや清水さんとの惚気を聞いたり。

ちゃんと少しは幼馴染らしいこともしていたはず。



アキは初めての恋にどんどん夢中になっていった。



そうすると、互いに関わりを薄くさせていくようになって……。

隠していないのに高校ではわたしたちが幼馴染だということを知っている人は少ない。






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