「……おい」

無心で手を動かし続けていたら、御曹司に呼ばれた。

「なんでしょうワン」

「………やりすぎだ」

何のことを言ってるんだい?

「……………あ」

そこで初めて、今の状況を認識した。
御曹司がまっしろなアワダルマになっている。

「申し訳ございません! すぐに流します……」

「いい」

「わっ!」

ぐるんと体ごと振り返った御曹司に手首を引かれた。
私は耐え切れず、引かれるままに御曹司の胸に飛び込む形になる。
不本意だ。
口に泡が入ってくるし……あれ?
この泡甘い。
もしや、御曹司エキスが……!
………エキスって何。
冷静に考えて、落ち込んだ。

「なーに嫌そうな顔してんだ。普通の女なら泣いて喜ぶシチュエーションじゃね?」

「……へー、そんな特異な女性にお会いしてみたいものですわ。おかげで私まで泡まみれ、ワン」

「そのための水着だ。さて、今度は俺がお礼に洗ってやろう」

近さに耐えられる顔が笑みの形を作る。
嫌な予感がして逃げようとするも、腰にまわった御曹司の腕が邪魔をする。

「いいえー、使用人はご主人様にお仕えするものです。当たり前のことをしたまでですので、お礼はいりませんワン」

「そのご主人様が与える褒美を受け取らないなんて、使用人のすることじゃないだろ」

ああいえばこういう。
考える隙を与えず、ずずいっと鼻先がつくほど顔を近づけられて、私自慢の営業スマイルもかたなしだ。
残念ながら、御曹司ほどお綺麗な顔をしていない私は至近距離では見るに耐えない。

「受け取るよな」

「………ひっ………………」

視界の端に捕らえた御曹司の手はスポンジを泡立てていて……。
悲鳴めいた笑い声と楽しそうな笑い声が始終響いていた。