「ハンッ、そのくらいくれてやる」

御曹司が次に構えたのは、バズーカ。

「……どっから出したワン」

「これぞ、俺のメインウエポン!」

勢いよく飛び出すのは、やはり水。
それは消火活動時のあれによく似た勢いだ。
しかし、ひとりでそんなのを操れるはずも無い。
ひとりでに暴れだすバズーカに御曹司は振り回される。
哀れみのまなざしを向けていると、水の中から助けを求める御曹司の声が聞こえた。
………身の丈に合わないものを使うからだ。

「仕方ないなぁ……」

暴発に遭わない道を選び、バズーカに繋がる蛇口を閉めると、それはおとなしくなった。
現れた御曹司はびしょびしょで、髪から水が滴り落ちている。
水も滴るいい男、という言葉がぴったりだ。
なんて、眺めている場合じゃない。
辺りを見回すと、少し離れたところに落ちているタオルを見つけた。
それを拾って、御曹司の腹下を狙って落とす。
私はなにも見ていない。

「…………」

「…………」

にしても、つっかかってこない御曹司は調子狂うな。
見下ろしていると、彼は顔を背けてぼそりと言った。

「………………今回は、このくらいにしてやる……」

「………ふはっ」

赤みが差した耳を隠しきれていませんよ。
負けを認めない御曹司がおかしくて、つい吹き出した。

「じゃあ、約束どおり、お背中お流ししますワン」

「……たわしは使うな」

「ワン」

私は鳴いてごまかして、御曹司をシャワー前の椅子へ促した。
座る背中はいつもどおりのはずなのに、やけに小さく見える。
そんな相手にたわしを使うほど、私は鬼じゃない。
ボディーソープをスポンジであわ立てて、目の前の背中に優しく滑らせる。
終わったらそれを御曹司に渡し、シャンプーに取り掛かった。

「……そこまで頼んでない」

「サービス残業です。おとなしく洗われなさいワン」

「……………」

「……………」

それからは、お互いが一切口を開くことはなく。
洗うわしゃわしゃという音と、ライオンの口から流れるお湯が湯船に注がれる音だけが聞こえていた。