こいつ、いつの間にこんな声を出すように……。
うっかり顔が熱くなったじゃないの。

「………ふっ」

ごまかすように口端を上げる。
なんだか、藤宮を気にしていたのがばからしくなった。

「何を笑っているんだ」

「思い出し笑いですよ。ご主人様は、ペットの反抗くらいでご立腹なさるほど、心の狭い方ではないと気づきましたからワン」

「はんっ、今さらかよ。おせぇっつーの」

いくら無礼講といえど、やりすぎは身を滅ぼすから、その辺はわきまえるつもりだけど。

「では、お望み通り、あなた様になつかない犬を演じてごらんにいれましょうワン」

にしても、いつまで腰を触っているつもりだ変態。
ついには両腕で後ろから抱き込まれる形に悪化した。

「演じる。じゃなくて、本心。だろ? お前は初めからそうだった、…イテッ」

限界にきた私は、腰に回る手に爪を立てる。
引っ込んだ御曹司の手の甲には、赤いひっかき傷ができた。

「お前はネコか」

「犬耳尻尾の人間ですワン」

………なんという答え方をしたんだ、私は。
獣人という言葉が頭の中に浮かんだ。
これは決して私の趣味ではないというのに。

「じゃあ、今日のお礼をいただこうか」

「ちょっと待て、それ本気で言ってたの? ワン」

私を試すためだけのものとばかり思っていた。
むしろ無駄足踏んだ私のほうが、迷惑料を請求したい。

「俺を差し置いてモジャモジャと密会してた罰だ。風呂に行くぞ。背中を流せ」

結局はそこか。
私に放っとかれて寂しかったのだな、かわいいやつめ。

「はいはいワン」

「待て、俺が行く」

着替えなどを準備しようと動く私を制した御曹司は、自分から進んで準備する。
珍しい、ってか、何か企んでいる。
私の目を気にしながらこそこそ準備をするなんて、怪しいですよと言って回っているようなものだ。
あきらめて、御曹司に付き合ってやるほか無い。

「さあ行くぞ」

意気揚々と先を歩く御曹司は鼻歌まで歌っている。
荷物を持たせる気はないらしい。
さあ、どんな楽しいことが待っているのかな。
少なくともそれは、私にとっては手放しで喜べないものなのだろう。