リュティアは自分が情けないほどに緊張していることに気が付いた。

ついさっきまで命の危険にさらされていたからだと思ったが、どうやらそれだけではない。

でもなぜなのか、まったくわからない。

少年はリュティアから少し距離を置いた場所で立ち止まった。

「お前が聖乙女(リル・ファーレ)か。あの時会った娘ではないか。街道で会った時には髪を染めていたのか」

リュティアはただ頷くことしかできない。

なんでだろう。

何も言えない。

そして少し、苦しかった。

少年の顔をまともに見られない。

でも決して不快ではないのだ。

むしろ心の中は浮き立っていて、嬉しい―

そう、どうやら嬉しいらしいのだ。とても。

「けがはないのか」

少年の優しい言葉に、涙が浮かびそうになる。

リュティアはこくん、こくんと、繰り返し頷く。

「お前は口がきけないのか」

出会った日のように、呆れたように言われても、言葉など出てこない。

けれど出会った日が思い起こされ、なんだかとても…嬉しい。

少年はほっとしたように息を吐いた。

「よかった…俺の獲物を傷物にされては楽しみが半減するからな」

「………。!?」

言っている意味を瞬時に理解できずに、リュティアは思わず少年を見上げる。

すると彼は不敵に微笑んでいた。

突然、少年が動いた。それはあまりにも素早い動きで、リュティアはまともに反応を示すことすらできなかった。

リュティアは気がつくと、背後にあった固い木の幹に強く体を押し付けられていた。

その体をすっぽりと黒い影が覆う。

それは間近に迫った少年の影だった。