落ち込んだ顔をしているクレアにアベルはクスクス笑いかけて言った。


「当分の間はカウンターから出ないならどうかな?
それと、毎日お盆に料理をのせて運ぶ練習をするといい。

まぁ、何でも慣れだよ。
研修は雇い主の力量さ。いいだろ、兄貴も。」


「もちろん、そんな難しくないよ。
あ、念のため・・・保険はかけさせてもらうけどね。あははは。」


そして、クレアは学校の後で『リック&アベル』を手伝うことになった。

他にアルバイトは同じ学校の別の学部の女の子2人と、フリーターの男性1人と別の学校の男子学生1人だった。

クレア以外はかなりバイト慣れしていたようで、お盆もスイスイと持って歩いていた。


慣れるまではカウンター内で直接、飲み物や食べ物をお皿やコップを受け渡ししていたが、練習のかいもあり、お盆を持った接客もかなりできるようになった。




「クレア、せっかく運べるようになって悪いんだけど・・・カウンターのとこにいてくれないか?」


「えっ?」


「けっこう常連さんがね、クレアがあんまり遠出すると文句をいってくるんだよ。」


「ぷっ、もう・・・マスターったら。」


「いや、冗談じゃなくてね。そんなに長い時間じゃなくてもいいんだ。
君は近くにいるだけで、他の人を癒せる人だからね。

もちろん、安全面は僕たちが保証するから・・・頼むよ。」


「はい。」


クレアは時間をきめてカウンター席で仕事をした。

午前中の忙しいときや、お昼どき、そしておやつどき、そして夕飯前と留まっていた。


そしてそれが常連の間ではかなり定着したのか、店はかなりの繁盛ぶりだった。


「クレア、ありがとう。君のおかげで常連さんも増えたよ。」


アベルに言われて、クレアもうれしくなった。
もちろん講義のある日は出られないけれど、ないときはずっとお店で働いていた。

学校にも比較的近いし、アベルがいるときは車で送ってもらって大学にいっていた。



そして、夜もアベルが家まで車で送っていたが、ある日アベルがクレアに尋ねた。


「君の邸の主は誰なのかな?」


「えっと・・・それは・・・」


「ゼイル・ナルソン・ナーガスティ。ロイの弟だね。」


「どうして?」


「悪いけど調べさせてもらったんだ。かなりのお嬢様みたいだったんでね。」


「ごめんなさい。私・・・普通に働きたかったんです。
っていってもまだまだ甘すぎて、笑われることがいっぱいだと思うんですけど、でも・・・。」


「責めてるわけじゃないよ。雇い主としてそろそろ文句を言われるかなって思っていたんだ。
でも、何ともいってこないからね。
君に何か事情があるのかと思ってね。」