十が校舎横で濱田サキを引き止める。
「ずっと好きだったんだ。もしよかったら、オレとつきあってくれないかな」
なんだか、自分が言われてるみたいでドキドキした。
画面越しでも目が合うと緊張する。
父と母の様子も気になるけど、隣を向くことすらできない。
「ごめんなさい。今は誰ともつきあう気ないから」
頭を下げて去って行く濱田サキと、ぼう然と立ち尽くす十。
カメラアングルが二人から遠ざかって、あっという間だけど、ここで十の記念すべき出演場面が終わった。
告白を受けた濱田サキが、友達の男子二人にそのことを話すという感じで、物語は流れていくようだ。
ドラマの中のこととはいっても、フラれる十を見るのは心苦しいような……変な気分だった。
「うーん、ちょっと新聞の内容に真実味が沸くよなぁ」
「あなた!」
「別に私は気にしてないもん」
窮屈なソファから腰を上げて、私は自分の部屋へと退散する。
戸棚の一番下の引き出しには、たくさんの便箋が入ってた。
「十の好きな水色に決定!」
悩んでても仕方がない。
今、十とつながる手段は、ファンレターしかないんだから。
私は水色の便箋にペンを走らせた。
ドラマ出演おめでとう!の大きな飾り文字。
新聞のことは何も書かないことにした。
そして……、いつ読んでもらえるかわからない手紙の内容に、希望の光を込めて記す。
『十。わたし来週、東京に行きます』
どうしてかな。
きっと逢えるような気がする。
私は二時間かけて、再び10通のファンレターを書き上げた。
***
修学旅行へ
***
「別れ桜?」
乗る機会の少ない新幹線も、走り出して30分もすればいつもの教室と同じ。
席を移動してゲームをする子がいれば、こっそりお菓子を食べ始めるグループもあったり。
それぞれが、どこか開放的な気分に浸りつつあった。
「勝手な行動は禁止だぞー。わかってるな、別行動になってからも問題起こすのだけはやめてくれよ」
念を押すように山口がくり返す言葉にも、空しいものが感じられる。
いったい何人の生徒が真剣に聞いてただろう。
彼はどうやら、今回の旅行の全てを任されたらしい。
まとめられたファイルを、何度も開いて確認してた。
「そんなの関係ないんじゃない?昔の人ってそういう名前つけたがるから。あ…もしかして、私が涼と和兄の待ち合わせ場所を桜の木に決めたから二人は……ってこと?」
「そ、それは違うけど……」
「あはは、わかってるって。でも本当にどうでもいいことだよ、そんなの」
軽く笑ってアメ玉を口に入れる。
多美のあっさりとした答えに、安心できるような、物足りないような。
私の胸には、何となくもどかしさが残った。
「それより涼、ちゃんとあの服持ってきたんでしょうね」
多美が顔を近付けて、まるで脅迫するかのように詰め寄る。
あの服をバッグに入れる自分が、やっぱりおかしく思えて仕方なかった。
同じ東京にいるとはいっても、会える確率なんてほとんどない。
でもそれを承知しながら、それでも会えるんじゃないかって、どこかで期待してて……
まぁ結局は
「うん、持ってきた」
ということなんだけど。
ビルを見れば歓声、車線の数を見れば歓声、地元では見れないような変わった髪型の人が通れば歓声。
都会に降りれば、みんなカワイイ田舎の高校生だ。
駅の中だけでも、すごい数の人が行き交ってる。
私は無意識に十の姿を探した。
十、ここにいるんだよね。
すぐ近くにいる。
そう思うだけで、不思議と幸せな気分に浸ることができる。
「ちょっと!あそこのカップル、キスしてるよ。こんなに人がいっぱいいる前で!やっぱり都会の人は度胸が違うよね」
誰かが騒ぐと、一斉にその二人に釘付けになる田舎の高校生団体。
私もつられて視線が止まった。
「こらーっ!お前らこっち見んかー!移動するぞぉ!」
その声に反応しながらも、カップルを横目で見続けたままで、列は山口の後をゾロゾロ付いていった。
見慣れてない風景だから、やっぱり気になっちゃう。
「でもなんかイイよね、あ〜いうのもさぁ」
多美が目を輝かせて言った。
「ねぇ涼、聞いてる?」
「あ、…うん」
本当は、変にドキドキしてた。
思わず想像してしまったんだ。
十と、キスすることを。
自分自身で、なんてことを考えてるんだって焦りながらも、想像してしまったら、なかなか頭から消えてくれなくて。
もしかして、今私が考えてることを、誰かに心を読まれるみたいに知られたらどうしようとか。
そんな、訳の分からない妄想までしたりして。
こんなこと、有り得なかったのに。
もう私は、完璧に十ウイルスに感染してしまったみたいだ。
とにかく、十のことばかりが、頭から離れない。
「ちゃんとついて来いよー。全員いるかー」
かなり前の方から山口の声がした。
荷物を背負い直して、少し走る。
残暑が厳しい九月。
ビルの陰に入ると、涼しい風が駆け抜けた。
やがて三台のバスは、少し郊外へと走りはじめた。
バスの中が少しざわつく。
なぜって、予定してた方向となんだか違うのだ。
「あれ…?東京着いたら、すぐグループ行動じゃなかった?」
「こっち向かうはずじゃなかったよね」
みんながキョロキョロと周りを見出す。
すると担任が運転席の隣へとやって来た。
「えっと、急なんですが、皆さんに会わせたい人がいるということで、放送局の方へ寄ることになりました」
「キャーっ!!」
普段からおとなしくて目立たない担任の声に、バスの中が一層ざわついた。
「誰かな誰かな?」
「芸能人?すごくない?」
「私たちに会うってことは、うちの学校に関係ある人じゃないの?」
「それってもしかして!」
揺れるバスは大盛り上がり。
「涼、十くんと打ち合わせでもしてたの?」
「っ!全然」
私も首を振りながら、自分を落ち着かせることに必死だった。
だって…
それって十なの?
十と会えるの?
それからしばらくすると、バスは小さな放送局らしき所へ入って行った。
たいしたことはない、以外と普通のビルだ。
先に到着したバスから、隣のクラスの生徒が降りはじめてる。
そして山口の慌ただしい姿も見える。
「涼、あの服着といたら?」
「ばか!無理に決まってるじゃんっ」
多美の背中を押しながら、気ばかりが焦る。
十と会えたら何を話そう。
でも、みんながいる前では、そんなに親しくできないよね。
それなら、せめてかわいく見られるように……。
私はあの服と一緒に持ってきた色付きリップを、ポケットに忍ばせた。
「ほら、クラスごとに並べよー」
こういう時は、背の小さい子がうらやましい。」
近くで見れる一番前に並べたならと、これほど悔やんだことはなかった。
しばらくすると、ガラス扉の向こうから、ペコペコ頭を下げながら出てくる山口が見えた。
そしてその後ろを、ゆっくりと歩いて来る人がいる。
「あ、どうもどうも。よろしくおねがいします。いやいや、本当にありがとうございます」
山口はとても恐縮してる様子だ。
二人が出てくると、他の教師たちからも感嘆の声が漏れた。
「おおっ!」
さっきとは逆で、今度は生徒ではなく教師たちがざわつく。
「注目ー!布施原由起子さんだ。お前等が来ると聞いて、わざわざ時間あけてくださったんだぞ!」
胸を張りながらなぜか自慢気の山口。
誰だろう、このおばさん…。
「いやぁ、布施原さん。光栄です!本当にありがとうございます」
教師達の手が、次々にそのおばさんの方へのびる。
ちょっとした握手会だ。
「たしか2時間ドラマとかに、たまに出てくる人じゃない?」
多美が耳打ちする。
そう言えば見たことあるような気もするけど……。
どうしてこの人に会いに来たのかな。