小さい頃から
ずっと一緒にいた十。



それなのに



今はとても
遠い人になってしまった。





高校一年

羽田 涼(はた りょう:女)
鷹宮 十(たかみや じゅう:男)








家の玄関扉を開けると、花瓶の花を追いやって、十のサインが堂々と飾られてる。

十の父親が
以前持って来たものだ。



「ただいま」



学校から帰った私がキッチンに入ると、夕食支度の手を止めた母が、うれしそうに身を乗り出して言った。



「聞いてよ涼!来週ね、十ちゃんがこっちに帰ってくるらしいのよ。お忍びなんだからお友達には教えちゃだめよ。そうそう、カメラの用意もしておかなくちゃ」



まるで自分の息子のように、十の活躍を喜ぶうちの両親。

小さい頃から毎日のようにうちで遊んでた十だから、仕方ないと言えばそうなのだけど。

ちょっとはしゃぎ過ぎだ。



「ふーん…、会うの半年ぶりだっけ」







***

幼なじみ

***




小さな駅を出ると、目の前には大きな桜の木が現れる。

その年は例年より気温が高くて、もう緑の葉がちらほら混ざってた。



「涼ちゃん、待ってよ」



いつものように、十が後ろから追いかけて来る。

小さい時からずっと、十は私の後ばかりついて来た。



あまりにも一緒にいるからって、中学の時はつき合っているんじゃないかと噂までされた。

今まではとくにそれを気にしなかったけど、さすがに高校生活では、十とのつながりを切りたいと思ってた。

だってこのままじゃ、彼氏を作ることもできないから。



「いいかげんにしてよ、十。もう高校生になったんだから、一人で行動してよね。十と一緒にいると、また勘違いされるんだから」


「勘違いってなんだよ。オレ、涼ちゃんといるの好きだよ?」



十が私のカバンをつかみながら、おねだりをするような表情でこっちを見た。

この情けない態度が、子どもっぽくてホントにイライラする。



「私は嫌なの。十が邪魔なの!」







高校受験。

覚悟はしてたけど、案の定十は私と同じ高校を選んだ。



十が嫌いなわけじゃない。

でも、私だって素敵な彼氏を作って、ドキドキする恋愛を楽しんで、高校生活を満喫したかった。



それにはやっぱり、十の存在が邪魔だったんだ。



「じゃあ、涼ちゃんはオレにどうしてほしいんだよ」



ほら、こうやってどんな時も私に意見を求めてくる。

男の子って、もっと自分の意志で行動するものだと思うのに。



「学校では話し掛けないでほしい。知らない人のふりしてほしい。それに……、十もちゃんと彼女とか作ればいいじゃん」


「……」



十が困った顔をした。

十だって、少しは大人になった方がいいと思う。

いつまでも私と一緒にいたんじゃ、、恋をすることすらできないだろうから。







「涼ちゃんは、彼氏とか作るつもりなの?」


「当然でしょ。それが私の一番の楽しみだもん」



高校生になったら、彼氏を作って、デートをして…。

そんな毎日にずっと憧れてた。



十はしばらく黙って。

そして、淋しそうな目で私のほっぺたをつねった。



「…わかったよ。でも、家に帰ってから話すのはいいだろ?他のやつらに見られてるわけでもないし、勘違いだってされないから」


「まぁ…」



私は軽く返事をした。

それくらいは許してもよかった。

親同士仲がいいから、昔からお互いの家を出入りすることはよくあったし。

宿題なんかも、中学までは一緒にやってたから。



「いいけど、私に彼氏ができたらやめてよね」



そう、そうなったら話は別。

絶対十と一緒になんて行動したくないんだから。



私が十のほっぺたをつねり返すと、十はその手を払いのけて、私の前を学校に向かって走って行った。



「涼ちゃん、学校までちゃんと気をつけて来てよ!」



振り返って手を振る十。

これで最高の高校生活が送れる、その時はそう思った。




よく晴れた四月の日。

桜が散って、十が私を「涼ちゃん」と最後に呼んだその日までは。







桜の木には、木漏れ日を減らすように日々葉が生い茂っていく。

高校生になって月日ばかりが流れたけど、どういうわけか、私にはなかなか彼氏ができなかった。



ずっと十のせいにしてきたけど、私自身にそれほど魅力がなかったのかもしれない。

憧れの人ができても、そういった人にはたいてい彼女がいた。

夢見ていた理想の高校生活は、それほど簡単には手に入らなかったのだ。



それに比べて、十は高校生活が始まって以来女の子に大人気だった。

幼い顔だちで誰にでもやさしい十は、いつも女の子に囲まれてて。

もう私が構ってあげなくても、充分一人で行動できた。



そしてあの日約束した通り、十は私に近付こうともせず、私も十と幼なじみだということを誰にも言わなかった。



「ねぇねぇ、私、十くんを雑誌に応募しちゃおうと思うんだ」



誰かがそんなことを言ってた。




すると十は、瞬く間に雑誌の月刊ランキングのトップになった。

たしか『私の学校のアイドル』ってランキングだった気がする。









学校に編集者の人が取材に来たこともあった。



「十くんの魅力って何だと思いますか?」



いきなりマイクを向けられて困った私も、思わず



「やさしいところかな……」



なんて答えてしまって。



変な感覚だった。

まるで遠い人のことみたいに、十のことを話す自分がもどかしい。



「あ、十くんが登校して来たわ。カメラマンこっち来て」



以前にも増して沢山の女の子に囲まれる十。

私に近付かないで。

話しかけないで。

そんな風に思ってた十に、今は簡単に近付くこともできない。



「ねぇ、羽田さんて南中学じゃなかった?それって十君と一緒だよね!彼どんな感じだったか教えて~!彼女とかいたのかなぁ」



おこぼれをもらうように、おかげさまで私には十のファンだという女友達が増えた。

中学時代の写真を売ってほしいと言う子まで現れた。



「私はあんまり仲良くなかったし…」



幼なじみだと言ったら、どれだけうらやましがられるだろう。

つき合ってると噂されたことがあるなんて言ったら、どれだけ悔しがられるだろう。



今はもう、ほとんど話すこともないけど。








駅前には、少し古びた小さな本屋がある。

学校帰りにそこに立ち寄ると、地元のアイドルを持ち上げるように、十の載った雑誌の宣伝が手書きの広告で貼り出されてた。

ランキングのトップになった十には、表紙に登場する権利が与えられてたのだ。



ふん、気取った顔しちゃってさ……



私が雑誌を手に取って十の顔を凝視すると、そんなに見るなとでも言うように、桜の木の葉が十の顔に一枚落ちた。

やっぱりなんだか、変な感じ。



「へーっ。買うんだ、それ」



ドキッ!



驚いて振り向くと、そこには久し振りに近くで見る十の顔。

雑誌の表紙と何度か見比べた後、私は思わずそれを後ろに隠した。

十の載ってる雑誌を買う自分なんて、すごくかっこ悪い。



「別に、十を見たくて買うわけじゃないんだから!うぬぼれないでよっ」