「バカじゃないの?今さら地元の友達なんて無視じゃん」


「私達濱田サキの友達なんだよね」


「そうそう。十とはサキのつながりでよく遊んでんの。それに今話題にされてるんだから、余計な人間近付けるわけにはいかないんだよね」


「だいたいさぁ、地元の友達なんて言って、結局追っかけみたいなあんた等と十を会わせるなんて、なんか嫌じゃない?」


「キャハハ、言えてるぅ」



さっそく敵を作ってしまった感じ。

腕組みをして詰め寄る女の子達。

障害がひとつ増えたわよ多美~っ!



「冗談でしょ。こっちこそ本命の友達なの。あんた等みたいな化粧ブスとは格が違うのよ!」



ひゃーっ

言ってしまった!



「行こう、涼!」



女の子達を睨みながら、多美が私を引っ張って店を出た。



「ちょっと待ちなさいよ!」



追い掛けて来る女の子達。

まずいよ、やばいよ!



こんなドキドキは久しぶりだ。


でも、絶対したくないドキドキだ!








「多美やばいって。謝ろう」


「いや!だってあいつらムカツクじゃん。とりあえず逃げよ」


「うぇ~っ!」



どこの路地かもわからない所をひたすら走る。

後ろを振り返れば、なぜか男の人も増えてる。



なに?



「コラー!泥棒ー!」



はっ!

お勘定払ってない!



「まずいまずい!多美、止まろうっ」


「逃げられるって」



壁に挟まれた通路を

右に、左に……



「ダメ、財布置いて来た!……生徒手帳、入ってる」


「はぁ!?」



力なく多美の足が止まった。

荒い息が二人の間にいくつも吐き出されて。



当然のことながら、捕まる私達。



「あははっ!十の友達?ただの泥棒じゃん」



追いついた女の子達にも笑われ、店の人には怒られ。



……当然、学校に連絡され。










「自由行動の許可範囲から出てるぞ。しかも食い逃げとは……やってくれたなぁ、おまえら」



ホテルの絨毯が敷きつめられた廊下に、私と多美は正座する。

山口の顔には、思った通りだと言わんばかりの笑みが浮かんでた。



「涼は全然悪くなくて、私がぜーんぶ悪いの!」


「連帯責任!明日は二人ともオレと一緒に行動だ」



ホッ…

強制帰還じゃなくてよかった。

今日がなんとかなれば、とりあえず明日は仕方ない。



「加えて河野には、今夜のオレの見回りを手伝ってもらうからな!」


「ええっ!!」



私は思わず叫んでしまった。

だって、今夜多美を取られるのは、絶対困る!



「羽田には関係ないだろう。そんなに驚かなくても」


「で、でも。明日一日罰を受けるんだし…」


「わかりました!」


「えっ!多美…」



山口の要望を、多美はあっさりと引き受けた。



「困るよ多美~」


「いいからいいから。大丈夫!」



どうすればいいの?

私一人で行くなんて、絶対無理なんだから。








その日の夜。


自由時間ということで、廊下には何人もの歩いてる生徒の姿が見える。

私と多美は、エレベーターの近くに隠れてた。



「わかった?涼。私が山口と見回るってことは、見回りを甘くすることも可能だってことだよ」



何を企んでるのかわからないけど、多美には何か考えがあるらしい。

だからって、こんなの私一人じゃ…



「でも一人でなんて無理だよ。昼間の女の子達も絶対いると思うし」


「十くんに会えると思えばできないことはないはずでしょ!がんばれ!ほら!」



そう言われて押し込まれたエレベーターは、チケットを握った私を一階へと運んでいった。



神様~っ



手を握り合わせて目を閉じる私の前に、大きなホテルの玄関ロビーが広がる。



もう、行くしかない。



私はビクビクした早足で、四枚張りの自動扉を抜け出して外へと飛び出した。








***

脱走者の恋心

***




ネオンの光る夜の街に、白い服がほんわり浮かぶ。

昼間のカフェは、きれいにライトアップされた夜のFUTURE SPACEに変わって。

中からは体の芯に響くような低音ミュージックが流れ出してた。



下見のおかげで、8時前には無地到着できたけど、一体どうやって中に入ればいいのかさえもわからない。

私は入り口の前を、ただウロウロするばかりだった。



そんな風に怪しい行動をしてたせいか、突然入り口のお兄さんに呼び止められた。



「君、中学生?」



まずい。



「ち、違いますっ!高校生です」



失礼な!

って、思わず言い返してしまったけど、高校生が来てもよかったのだろうか。

そう言えば辺りに見える人たちは、みんなきれいに化粧をしてて。

こんな色付きリップなんかじゃ、中学生に見えてしまうのも仕方なかった。



私を横目に、カップルや女の子のグループが次々と中へ入って行く。

どうすれば入れるのか。

多美がいてくれれば、なんとか言葉でやり過ごせるたのに。



「チケットはあるの?」


「は、はい?」



え?チケットがいるの?

後ろから聞こえてきた大人びた男の人の声に、とっさに反応して振り向いた。



うっ…こ、これは

これが、ホストと言うのかな?



黒いスーツで茶色の髪をしてると、どうもそういうイメージしかない。



「ご苦労さまです大北さん!お客さんの入り、順調ですよ」



入り口のお兄さんが、その声の主に頭を下げた。


え?大北?









「大北さん……て言うんですか?」



カメラマンのメモにあった名前。

あの人の名前じゃなかったのか。

じゃあ、この人は…?



「君、名前は?」


「えっ…」



うっ……

ど、どうしよう。



学校に連絡するつもりかもしれない。

こんな時間に、ウロウロしてるなんてやっぱりまずかった。

あまりに突然過ぎて、嘘の名前も出てこないし。



顔が光に当たることを拒んで、視線で地面を這いながら逃れられるセリフを考えるたけど。

そんなに都合のいい言い訳は出てこない。



「あ、あの、あの……」



震える手の中のメモ紙が、どんどん小さくなって、十の顔と山口の顔が交互に浮かんだ。

もうダメ。

強制帰還、確実だ。




「もしかして…、羽田涼さんじゃない?」


「は?……はい」



つい、返事をしてしまった。

でも、私の名前呼んだし…



……どうして?



大北さんらしき人が、私に手を差し伸べる。



「こっちへおいで」








激しい低音は、耳だけじゃなく体の奥にまで振動を伝えた。

中に入ると、一層すごい。

タバコの煙とスポットライト。

テーブルや人にぶつかりそうになりながら、私は必死に大北さんの後をついて奥へと入って行った。



でもみんなそんなことお構い無しのように、笑って、しゃべって、踊って……。

まるで別世界だ。

これが、十の世界なのかと思うと、やっぱり少し遠い存在に思えてきた。



なんだか、切ないな…



「あー!昼間の泥棒じゃん」



…!!



越えに振り返ると、昼間のあの女の子たち。

やっぱり来てたんだ。



「来る資格ないって言ったじゃん」


「どの面下げてここ来てんの?」


「あのっ…その、ごめんなさい」




肩のひもをつかまれる。

気付けば大北さんの姿は、どこにも見えなくて。

周りには人がたくさんいて、方向感覚も失ってしまいそうだ。



ど…どうしよう……



「ちょっと外出なよ」



一人に腕を引っ張られ、別の子には背中を押され。

このままどこかへ連れ去られるんじゃないかという恐怖まで押し寄せてきた。



「謝りますから!すみません。離してくださいっ」








必死で腕を抜こうとしても、一人では太刀打ち出来ない。

こんな時、多美さえいてくれれば…



暗い部屋を恐れる子供の頃に戻ったようだった。

小さなライトが、余計に恐怖を掻き立てる。



私はこのままどうなるんだろう。

怖くて、怖くて……



誰かっ……





「やぁ、良かった!来てくれてたんだね」



いきなり反対側の腕をつかまれて、バランスが崩れそうになる。

グリーンのライトが一周まわって、再びその声の主に当たった。



「あ、カメラマンさん!」



あのカメラマンだ。

よかった、助けてもらえるかもしれない。

私は夢中で彼にしがみついた。



「あ…、桂さんじゃないですか。なに?この子知り合いなの?」



女の子達が、カメラマンに問いかける。

このカメラマンの名前は、桂というのか。

やっぱりこの人が大北さんではなかった。



「もちろん、大事な今日のお客さんだよ。悪いけど借りてくね」



桂カメラマンは、私の肩をひょいっと抱いて、奥の方へと進んで行った。

そして優しい声で耳打ちしてくれる。



「よく来れたね。もしかして無理なんじゃないかと思ってたんだけど」


「あの……」



やっと怖さから開放されて。

なんだかよくわからないけど、足がふわふわして。



ホッとしたからか……、我慢が出来なくて私の目からは涙がこぼれ落ちてしまった。



「え、泣いてるの!?わー、困ったな」







さっきの場所と違って、裏の廊下は明るかった。

通りかかる人が、桂カメラマンの頭をたたく。



「泣かすなよー、桂」


「違うって!」






飾り気のないグレーの板に、シルバーのドアノブ。

桂カメラマンが、ゆっくり扉を開けた。



「貸しが増えたぞ、十。来週焼肉な!」



そう言い残すと、私に手を振り、桂カメラマンは会場へと戻って行った。

小さな部屋の中には、低いテーブルと黒いソファ。





そして…

深く帽子をかぶって座ってる、ずっと会いたかった人。