「笠原!笠原ー!」
少し離れた所でそう呼ぶ声と、そして草木をかき分ける音が聞こえてくる。
熊かな。私は熊に襲われて死ぬのか。もうどうせ死ぬんだし、何でもいいや――…。
「あれ…でも熊は喋んな…い…か。」
そう一言呟いて、由佳は目を閉じた。
まさか自分の最期の言葉がこんな意味不明な言葉になるなんて思ってもいなかった。
次に生まれ変わるときは、もっと幸せな人生を送りたいな、と由佳はそう思った。
「おい、笠原!しっかりしろ!」
目の前ではっきりと聞こえてきたその声に、由佳はうっすらと目を開いた。
「お…のでら……かおる…?」
由佳の目の前には、絶世のイケメン、小野寺薫の顔があった。
「あ…れ…本物?」
由佳がそう呟くと、薫は由佳を抱え上げて言った。
「何言ってんだ。お前はハメられたんだよ。」
「え…どういう…」
「今は説明してる暇はない。それにしてもすげぇ熱だな。体調悪いなら無理して山なんか登んなよ。」
「え……」
「ほら、大人しくしてろ。」
そう言って薫は由佳を抱きかかえた。