激しくせき込みながら母さんが叫んだ。
しかしもうあたりは煙だらけで、どちらが玄関なのかよくわからなかった。
苦しくて気が遠くなりそうだった。

『ケンちゃん、早く!』

母さんは俺の体を掴んで、必死に這いつくばって玄関を目指した。

最後に目をかすかに開けた時、母さんは『ケンちゃん生きるのよ』と笑顔で言ったような気がしたが、錯覚だったかもしれない。
それが母さんを見た最後だ。


俺は奇跡的に助かり、母さんと彼氏は焼け跡から発見された。
事件はタバコの不始末が原因ということで、片付けられ、俺は何も聞かれもしなかった。
当時近くで強盗殺人事件が起きていて、警察も忙しかったのかもしれない。

そして親戚もいなかった俺は、養護施設にあずけられることとなり、今の両親に10才の時に引き取られた。
勉強だけは得意で頭の良かった俺は、子供の出来ない医者の息子にぴったりだったのだろう。
身よりのない子をひきとって、まるで慈善事業をしてるかようだが、結局は自分の財産を赤の他人に取られたくないだけだ。

俺は、母親を火事で失った可哀想な子ではなく、実際は自分の母親を焼き殺した殺人者だということも知らずに。

あの時の火傷は今でも消えずに俺の右腕に張り付いている。
傷が痛む度に母親の顔がちらついたが、何度も何度も闇に葬った。
そうやって何度も記憶の中で母親を殺してきたのだ。
もう思いださまいと。

なのになぜ、こんなにもありありと覚えているのか。
なぜ、今日こんなことを思い出してしまったんだろう。

右腕の火傷がひりひりと痛んだ。

母さん、アナタは何故僕を産んだのですか?