いつの間にか店員は別の客に話しかけられてどっか行ってしまった。

俺は試着室に2人きりで入るのは気まずい気がしたが、店員に『彼女さん』のジッパーを頼むのも不自然に思われた。

しょうがない、服は着ているんだから問題ないと言い聞かせて、恐る恐るカーテンを開けた。
そのまま試着室に入った。
開けたカーテンを閉めた方がいいのか、開けたままにした方がいいのか分からず、とっさに閉めてしまった。

試着室は人一人分しかなく、なんだか薄暗くて、ヒナタと密着せざるをえなかった。
見下ろすとヒナタの白いうなじがぼんやりと浮かび上がっていて、長い髪を前に掻き分けてジッパーをまさぐっていた。

俺は正直かすかに興奮して心臓が口から飛び出てきそうだった。

ヒナタに心臓の音が聞こえないように、吐息がかからないようにしようとすればするほど、息がはぁはぁしてしまいそうで、俺は息を殺していた。
なのに、こんな時に限って喉がごくっと音を鳴らしてしまう。

「ケンちゃん?どうしたの?後ろのジッパーのとこ、髪の毛がひっかかってるみたいだから、はずしてくれる?」
「う、うん。」

ジッパーに右手を伸ばすと、薬指がヒナタの首筋に触れた。
ひんやりとしていた。
左手で髪を掴んでみると、なんだかシャンプーの甘い匂いがした。
俺と同じシャンプーの匂いに、ヒナタ自身の香りが混じっていた。
女性の後ろ姿が、こんなに官能的なものとは、感じたことがなかった。
手が震えて、うまく髪の毛をはずせなかった。

「緊張してるね。大丈夫、ゆっくりやっていいよ。」

いつも子供みたいなヒナタが、突然すごく大人の女に見えて、バカにされてるようで悔しかった。

「別に緊張してないよ。
すごい絡まってたから、なかなか取れなかっただけ。
出来たよ。」
「心拍数が高いみたいだったから。ありがとう。」

頭にカーっと血がのぼってくるのが分かった。
俺は急いで試着室を出た。
多分今俺の顔は、茹で蛸みたいに真っ赤になってるに違いない。
恥ずかしくて悔しくて、穴があったら入りたい気分だった。