「何を、見たの?」
「唯と、シュウが…」
麻衣子のすすり泣く音が階段に響いた。しかし、此処の階段は昼休みともなれば、めったに人は通らない。

成海は優しく麻衣子の方を抱いた。






昼休みが始まるとすぐに、成海の呼びかけに応えて、麻衣子は西階段へと足を向けた。
唯とシュウが親しげに話していたこと。
自分がもう、シュウにとって特別な存在ではな無いと感じてしまったこと。
成海にだけは話しておきたかったから。
階段の手すりにもたれている成海を見たとき、少しだけ彼女も泣いているように見えた。

「成海…」
「大丈夫?麻衣子。」

「あたし、見ちゃったの。」
「なにを、見たの…?」


麻衣子はあの日の放課後のことを成海に話した。

もう、夕暮れ時だった。
友達とのおしゃべりに夢中になり、いざ帰ろうとすると、英語の宿題を忘れていることに気がついた。

―まだ教室は開いてるよね。

そう思った麻衣子は教室まで取りに戻ることにし、友達に先に別れを告げたのだった。
麻衣子たちの教室は二階。
駆け上がればそんなに面倒でもない。


ふと、廊下で足を止めた。
人の気配がしたから。
そっと、後ろのドアから覗くと、そこにはシュウの姿があった。

―!
取りに来て、よかったかも。今日は久々にシュウと帰ろうかな。


そんなことを思いながら、夕日に照らされたシュウの横顔を見つめた。
しかし、見れば、誰かと喋っているようにも見える。
麻衣子は耳をすませた。


聞きなれた声。
―唯?
そう、確かに唯である。女の子らしい、おっとりとした喋り方。トーンの高い笑い声。
途端、麻衣子を激しい嫉妬心が襲った。


―シュウで、いい。
あの時あたしに言ってくれた言葉。
ドア一枚を隔てているはずなのに、なぜか克明にその言葉だけが耳に響いた。

―離れなきゃ。
一目散に、しかし足音を立てないように、その場を離れた。