私は、わりとオトナっぽい顔立ちをしている。
背も高めだし、高校生くらいに間違えられることも多い。
だからだろうか、
『星野って絶対処女じゃねぇよな』
『ヤッてるだろ、あれは』
『処女膜破れてんだろ』
『ビッチって星野みたいなヤツのこというんだよな』
『あー、やっぱヤるなら処女だよな』
『星野はマジないわ』
男子たちから、そんな言葉を投げられることも多かった。
でも、優哉はそうじゃなかった。
私を大切にしてくれた。
だから、好きだった。
・・・大丈夫。
優哉なら、きっと大丈夫。
それに、優哉に嫌われたくないという気持ちも少しあった。
大丈夫。
何も怖いことなんてない。
優哉は、優しくしてくれるはず。
セックスは、愛を確かめる行為なんだから。
少ないけれど同級生にも、経験済みの子はいるし。
私だって・・・大丈夫。
きっと、大丈夫。
『いいよ。』
送信した。
今、あの日の私と話が出来るなら、伝えたいことがある。
本当にそうなの?
セックスは、ただ愛を確かめるための行為なの?
愛は、セックスでしか確かめられないの?
・・・違うよ。
桜は、間違ってるよ。
みんながしてるからしてもいいの?
『出来る』ことは、『していい』とイコールなの?
『星野はヤッてる』って、みんなに思われるから、『ヤッてもいい』になるの?
違うのに。
間違ってるのに。
どうして気付けなかったんだろう?
ついに、『その日』が来た。
優哉と私は、小学校が違っていた。
放送部に所属している私。
テニス部に所属している優哉。
2年間クラスも違ったし、接点はほとんどなかった。
でも、優哉は、1年生の冬、私に声をかけてきた。
当時、優哉のクラスメイトだった緒方 康介と一緒に。
『ねぇねぇ、星野さん?』
『・・・はい?』
『うわ、マジそっくりだわ』
『だろ?』
『すっげーわ、さすが坂本!』
『まぁな』
『・・・・・・?』
彼らは、私がとあるグラビアアイドルに似ているということでからかいたくなったそうだ。
しかも、そのスタイル抜群のグラビアアイドルの名前が『美星』。
私の苗字と一字かぶっていることから、そのバカな考えが浮かんだらしい。
ネットで検索してみたけど、髪が短くてふわふわしてるところしか似てなかった。
『・・・アホか!』
私は怒った。
『私、グラビアアイドルなんかやらないし!似てないし!もう最っ低!』
そんな初対面だったから、第一印象はだめだめだった。
でも、その日から、優哉は、ずっと謝ってきた。
『ごめん!ごめんって!』
『悪かった!』
『星野さんのことそういう目で見てないから!』
『謝るから!』
『ほんとごめん!』
その必死な様子がおかしくて。
ずっと見ていたくて。
許すとか許さないとかじゃなくて、ずっと謝っていてほしくなった。
『いいよ、もう怒ってないよ』って言ったら、もうこの声は聞けなくなるのかな、と思うと、寂しくなったから。
好き、を自覚した。
なんとなく、昼休みとかを一緒に過ごすのが普通になって。
『付き合おっか?』って空気になって。
そして、私たちはどちらからともなく交際を始めた。
あまり爽やかでない始まり方だとは思う。
でも、間違いなく私たちの恋は、そういうタイプのものだった。
それ以来、私たちはごくごく健全に付き合っている。
キスするまでだって、それなりの時間があった。
『1の5のエロ王子』と呼ばれていた優哉。
『いかにもヤッてそう』といわれる私。
この2人が、こんなに普通なつきあいをしているなんて誰も信じてくれないだろうけど。
優哉は、これまで『そういうこと』を私に求めなかった。
私を大事にしてくれた。
その優哉が、初めて『そういうこと』を望んだ。
嬉しくなかったといえば、嘘になる。
ようやく女としてみてくれたんだな、と思ったから。
優哉の家のチャイムを押した。
胸がドキドキしていた。
数秒待って、優哉が出てきた。
心なしか、表情が硬い。
「おぅ・・・入れよ」
「う、うん!」
きちんとした家だな、と思った。
両親と、4つ上の姉。
ごく普通の家族構成の中、ごく普通に育った優哉。
そんな優哉が住むのに、よく似合う家。
普通で、心地よい家。
「お邪魔しまーす・・・」
「いいよ、俺しかいないんだし」
軽く優哉が笑った。
そ、そうだよ・・・ね・・・
うん・・・
靴を脱ぎ、優哉の部屋まで上がった。
綺麗に整頓されていた。
カーテンは、トーンオントートのチェック。
ベッドは、ごくシンプルな木製。
机と棚には、優哉の好きなバンドのCDや、『テニス上達への道』と書かれた本なんかが並べられている。
テニスラケットは、整備用の道具と一緒に壁に掛けられていた。
「きれいにしてるんだね」
「桜が来るから片付けたんだよ」
硬い表情のまま、優哉が笑う。
優哉が入れてくれたコーヒーは、あったかくておいしかった。
マグカップに手を添えて、こくんと飲む。
ふと、優哉と目が合う。
なんだか、時間が止まったみたいで、息苦しくなった。
優哉が、私のあごに手を寄せて、キスをした。
びっくりするくらい大人なキスだった。
優哉のベッドが背中に当たる。
「ん・・・っ」
「・・・桜、いい?」
「・・・うん」
私がうなずくと、優哉は私の身体をベッドに横たえた。
私たちは、初めての行為に夢中になった。
『気持ちいい』という感覚とは別に、相手と一つになっていることがたまらなく不思議だった。
やっぱり、ネットでよくある経験談みたいに、少し痛かった。
でも、優哉は、すごく優しかった。
だから・・・
忘れていたんだと思う。
優哉も私も、避妊について考えることをしなかった。
新学期が始まった。
私は、3年1組になった。
緒方くんと同じクラスだった。
優哉は、3組。
やっぱり顔を合わせるのは少し恥ずかしかったし、これでよかったかな、と思った。
まぁ、3年間同じクラスになれないのは残念だったけど。
放送部の活動も忙しくなってきた。
新しい部員も入ってきたし、体育祭が近いので、アナウンス係になる放送部は、大忙し。
私も、ビデオ番組制作主任を任せられていたし、後輩の指導にも当たっていた。
優哉も、テニス部のエースとしての期待を背負って、練習に励んでいた。
ごく、普通に生きているつもりだった・・・
ある日のことだった。
「この前の週末、家族旅行に行ったんでお土産でーす」
後輩が菓子折を出してきた。
「もー、学校にお菓子はだめなんだよー」
「とか言って、もう食べてるじゃないですか」
「一人何個?」
「たぶん2個ずつくらいはありますよ」
チョコレート味のクッキーだった。
「あ、桜先輩、チョコ好きですよね!どうぞ!」
「うん、ありがとー」
差し出されたクッキーに手を伸ばした。
包装を破り、口を開けて・・・
「・・・・・・っ!?」