暑い夏がやってきた。
あれから順調に貝原とは続いていた。貝原は相変わらず優しく、一緒にいて楽だった。
周りの女子からは妬まれたりして、困ったけど、それはあまり気にしてなかった。

7月の中旬、もうすぐ夏休みという時だった。私達3年は風通しの悪い、蒸し暑い体育館で、学年集会を受けていた。先生の話なんかひとつも聞かないで、ワイシャツを仰いでいた。汗が流れて気持ちが悪い。
そしてふと、足下に置いている上靴を見た。何か紙が入っている。
上靴から取り出して紙を開いた。その紙には
「小山さんへ
伝えたい事があるので、明日の放課後3階の渡り廊下に来てください。」
と書かれてあった。私はこの内容を見て頭がフリーズした。誰がこれを?イタズラか?と一瞬のうちにいろんな事を考えた。しかし、私にイタズラしてくる人なんかいたか…?その後も、先生の話なんか頭に入らず、手紙の内容だけがぐるぐる回っていた。
学年集会が終わり、教室までの帰り道私は貝原に相談した。
「これが上靴に入ってたんだけど」
「何これ?手紙?」
貝原は手紙を受け取り開いた。
「こんなの入っとるのに気づかず靴はいとったとかすごいな」
と笑いながら手紙を読む。最後まで読んで貝原は一言
「ラブレターじゃん」
と驚いた様子で言った。
「でも名前も書いてないからイタズラじゃない?」
「そうかぁー?明日行ってみたら?」
と手紙を私に返しながら言った。
「それもそうだね」
と手紙をポケットにしまった。
「告白でも、OKすんなよ」
と半分真顔で言ってくる貝原。
「そんなひどい女じゃありませんよ」
と言って教室に入った。

次の日の放課後、私は渡り廊下にいた。あと2日で夏休みという日で、大掃除があった。渡り廊下は掃除から帰る人がたくさん通っていた。10分たっても現れる気配がない。やっぱりただのイタズラだったのだろうと思い、靴箱まで戻ると貝原がいた。
「なんでいんの?」
「いや、気になって」
とボソボソと言う。
「誰も来なかった」
と言うと貝原の顔が一瞬で笑顔になった。
「そうなのかー残念だったな」
「全然残念そうじゃないんすけどー」
と話しながら少し涼しくなった道を歩いて帰った。

そして次の日の朝、靴箱に行き靴を脱いでいると、
「わっ!!」
と貝原が後ろから来た。
「あーおはよ」
と平然として言うと貝原は残念そうに
「もうちょっと可愛い反応したらいいのに」
とふくれっ面で言う。
「残念ながら私はそんな可愛い女じゃないのでね」
と言うと貝原は
「まぁそこがいいんだけどもな」
とさらっと言った。全く朝から臭いセリフを言うもんだ。貝原はストレートだ。まぁそこがいい所なんだけどね。と思っていると
「なぁ、また手紙入ってんじゃね?」
と笑いながら貝原が言った。
「まさかー」
と笑いながら上靴を振ってみた。ぱさっと中から紙が出てきた。嘘でしょ。
「入ってんじゃん…」
と呟くと
「何て?」
と真面目な顔して貝原は聞いてくる。
なぜかその時私は貝原には見せてはいけないと直感的に感じた。
「さぁね。内緒」
と私は上靴を履き、教室に向かって歩きだした。貝原は急いで靴を履き替えて後ろを追いかけてきた。
「見せろよ」
「やだねー」
と押し問答しながら教室に入った。
それから貝原はしぶしぶ自分の教室に行った。
1時間目の途中私はあの紙をこっそりと開いた。中には前と同じ女の子のような綺麗な字でこう書かれていた。
「小山さんへ
昨日は行けなくてすみませんでした。
人がたくさんいて行けませんでした。
もし良かったら今日の放課後もう一度来てもらえませんか?
貝原先輩には言わないでください。」
と書かれていた。何だろうか。字的に女の子っぽい。貝原先輩って、ことは後輩か?いつの間に後輩に恨みなんてかったんだろうか?恨まれる事と言えば貝原と付き合っている事くらいだか。と悶々と考えていると、授業をしていた先生が
「小山〜問5の答えは?」
と、当てられた。私は焦って真菜の方を向く。真菜は居眠りに忙しそうだった。
「分かりません。」
と言うと先生は笑いながら
「小山〜考え事ばっかしてないで聞いとけよ」
と言いまた授業を進めだした。その後も私は上の空で手紙の相手を考えていた。そしてふと相手が思い浮かんだ。
「妹だ!」
「何がだ小山」
と先生が怖い顔をしてこちらを見ている。やばい、授業ということを忘れていた
「いえ。すみません」
と大人しく席に座る。
「小山は次の授業で発表5回な」
と苦笑いしながら先生は言った。皆がこちらを見て笑った。授業が終わり真菜が私の所に来て言った。
「何が妹なのよ?」
と。
「いや、何でも無い。」
と誤魔化しその場を逃げた。妹と叫んだのは意味が、あった。貝原には一つ下に妹がいる。その妹はどうやら私の事を良く思っていないそうだ。まぁこんな可愛げがない女が兄の彼女だということが信じられないのも分かるが。と1人納得していた。そうなると、後輩ということも納得がいく。妹なら仕方がないかと1人納得して、放課後を待った。

そして放課後になった。
「実衣バイバイ!」
と真菜が彼氏と帰って行った。クラスの皆も帰り支度を始めている。
「実衣!」
貝原の声がした。教室のドアを見ると部活の用意をした貝原が立っていた。一斉にクラスの視線が集まる。
「どうした?」
と近づくと貝原は一瞬何か言いかけたがすぐ笑顔になり、
「いや、また明日って言いたかっただけ」
と笑って言った。でもあの手紙のことを心配しているんだと私には分かった。
でも気づかないふりをして
「それだけ? うんまたね」
と笑い返した。貝原は走って部活に行ってしまった。私は放課後生徒会の仕事があって生徒会室に行くことになっていた。生徒会室の場所があの渡り廊下の近くだったので、誰かいたら行こう。と軽い気持ちで考えていた。そして生徒会の仕事をしながらチラチラと渡り廊下を見ていたが誰も来る気配がなかった。やっぱりイタズラなのか?と思い仕事を終えた。
「実衣〜もう終わりだよね?」
と話しかけてきたのは副会長の大賀愛だ。
「うん。もう終わるから帰っていいよ」
と告げると愛はやったーと帰り支度を始めた。私も荷物を持って生徒会室を出る。
「じゃぁねー!」
と皆が階段を降りて行く。私は鍵を閉めて階段を降りようとした。その時誰かが階段を上ってきた。誰だろうと思いながら私も階段をゆっくり降りた。上ってきたのは赤田君だった。私は1人であの手紙実は赤田君だったりしてねー。んな事無いかと1人考えながらすれ違おうとしたその時
「あの」
と赤田君の低い声が階段に響いた。私はビックリして振り返った。太陽が反射して赤田君の顔がよく見えない。
「はい?」
と返事をしたが、ビックリして声が変になった。まさか話しかけられるとは思ってなかった。
「あの、手紙出したんですけど」
と言う。その顔はやはり無表情だった。
「へ…あ、手紙ね!何か用事があった?」
と手紙の相手が赤田君だった事にビックリしながら平気なふりして言った。
「いや、ここじゃちょっと…」
と赤田君が言う。下から笑い声が聞こえてきた。人に聞かれたくないのかなと思って、
「あ、じゃぁちょっと移動する?」
と階段を降りることにした。私の2m後ろを赤田君が降りてくる。私は頭をフル回転させながら彼が私に手紙を書いてきた理由を探していた。彼と接点はほとんど無い。あるといえば貝原がバスケ部ということくらいだ。なんだろう、全然考えつかない。そんなことを考えていたら1つ理由が思い浮かんだ。生徒会だ。私は生徒会長をしているので来年生徒会に入りたい子が応援演説をしてほしいと言ってくることが多々あった。なんだか納得がいった。なんだそういうことかと軽い気持ちで階段を降りた。
階段を降りて人通りが少ない美術室の前まで来た。そして私がパッと赤田君のほうを振り返ると赤田君は慌てて目を逸らした。
「話って?」
と冷静に言うと赤田君は下を向いた。それから5秒ほど彼は何か考えているようだった。そして何か決心したように顔を上げた。赤田君はいつもの無表情な顔ではなく、少し戸惑ったような顔をしていた。そして私の目を見ながら
「単刀直入に言うんですけど…付き合ってくれませんか?」
と言った。私は予想していた話とは違いビックリした。しかも告白だったことに驚いた。
「え…?」
「いや、俺1年の頃から好きで…」
とまたまたビックリさせるような話が飛び出した。え、話を整理すると赤田君は私が好きなのか?嘘だろうという考えが頭をぐるぐる回っていた。赤田君をチラッと見ると、耳が赤かった。こんな赤田君なんか見たことがなかったので、あぁ本当の話なんだと確信した。でもよく考えると赤田君はバスケ部だ。ということは私が貝原と付き合っていることも知っているはずだ。
「あの、知ってると思うんだけど、私彼氏いるんだよね…」
「…知ってます」
「だから、気持ちはすごい嬉しいんだけど、ごめんね」
と当たり前の答えを言った。すると彼は一瞬困ったように笑ってすぐ
「はい。」
と言った。でもその時私は何故だかこれで彼と関係が終わるのは嫌だなと思った。せっかく言ってくれた赤田君と付き合えないけど、友達になりたいなと思った。だから立ち去ろうとしていた赤田君を呼び止めた。
「あの、付き合うことは無理だけど、友達になりませんか?」
我ながら変なことを言ったと思う。赤田君はビックリしたような顔をした。だけどすぐニコッと笑って
「はい、嬉しいです」
と言った。その笑顔が眩しかったのは夕陽のせいだろうか。そして赤田君は
「貝原先輩には内緒でお願いします」
といつもの表情で言った。
「うん、分かった」
と答えると赤田君はペコっと頭をさげて行ってしまった。
そのあと、私は走って小学校からの親友の新田彩の所に行った。彩は空き教室で一緒に帰る予定だった私を待っていた。
「彩!」
「え?何でそんなに急いでんの?ハァハァ言ってるけど」
と笑いながら言った。1階から3階まで急いで上がってきたから息が切れていた。
「あのさ、どこから話していいのか分かんないけどさ、あの、」
「いいから落ち着きなさい」
と宥められ一旦椅子に座った。彩も私の前の椅子に座った。
「で?何があったの?」
手紙のことは違うクラスの彩には言ってなかった。だから、手紙が入ってところから今あったこと全てを話した。一通り話を聞いた彩が一言
「もったいないー!あんないい男を」
その言葉に私はビックリした。
「え?何で?」
「だってあの赤田君でしょ?かっこいいのに」
「いや、私彼氏がいるから、さ」
「でも向こうも知ってて言ってきたんだから付き合っちゃえばよかったのに」
とまた意味が分からないことを言う始末。
「そんなことはできませんー」
と私は言って立つとベランダからグラウンドを見た。野球部やサッカー部が練習をしていた。夕暮れの学校からは部活の元気な声が聞こえてくる。
明日から夏休みが始まる。