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「ただいま戻りました」




「おお、お帰り伊勢ちゃん」




甘味処へ戻れば、主人が勝手場から顔を出して待っていた。遅くなったことを詫びると「無事ならいい」と言ってくれた。

そんな主人の優しさに感謝しつつ、店の準備に取りかかる。




店の中と外の掃除を済ませ、のれんをかけていた時ふと気になったことを思い出した。




「主人なら長年この京を見てきただろうし....あの強い人を知っているかも」




主人の仕込みが終わった頃を見計らって私は尋ねてみることにした。




「凄腕の侍かい?」




「はい、....仏頂面で顔は整っていて....ご存知ですか?」




なんとなく印象を述べてみたが主人は首をひねるばかりで知っていそうにもない。
名前だけでも聞いておけばよかったなと私は思った。




「わしはこの京に五十年程暮らしておるが....ここ最近でそういう者を見かけたことはないねぇ」




「そうですか....」




「....ところでなんでその人の事を知りたいんだい?」




「えっ」




私は主人に核心をつかれあからさまに焦ってしまった。でしゃばって浪士に絡まれたなんて言っていいのだろうか。

しかしあの行動に後悔はしていなかったので私は先ほど起こったことを説明した。




「――アッハッハッハッ!
そこで伊勢ちゃんは出て行ったのか!
こりゃたまげた!アッハッハッ!」




何がどう面白かったのか主人は自分の膝を叩きながら笑っている。

女子がそんなことをしてはならないなどと怒られるよりましだが、私は頬をふくらませた。




「ああ、すまないねぇ
あんまりにもわしのカミさんの若い頃に似てたもんだから」




「主人の?」




「そうだよ、伊勢ちゃんがここへ奉公に来る一年前かね....息を引き取ったんだが」




それは悲しい話のはずだけど、
主人の奥さんを語る顔はどこか楽しげで
私もつい笑顔になってしまう。




「カミさんとは浪士に絡まれてるところを助けてから親しくなった」




ポツリ、ポツリと主人は亡くなった奥さんとの思い出を話してくれた。
奥さんは気丈で落とすのが大変だったとか、甘味処で働くことに衝突があったとか。

最期は微笑んでいた、とか。




「もしかしたら、その人が伊勢ちゃんの運命の人かもしれんねえ」




唐突にそんなことを言われ、私はふと先ほどの人のことを思い出す。
ニコリともしない、仏頂面の男の人。




「....それは、ないですね」




ゲッソリとした顔で言えば、主人はまた笑い出した。余程私の顔が面白かったらしい、ひどすぎる。




「じゃあ伊勢ちゃんはその人を見つけてどうしたいんだい?」




「別に見つけたいわけじゃないんですが....」




頬をポリポリとかいて視線をさまよわせる。私には店の中にある「団子」という札が目に止まった。




「もし、またお会いできたら団子でもご馳走したいなと....」




そう言えば主人は快く「いいよ」と頷いてくれた。私は深くお辞儀をした。