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「ふう」




買い出しを終え、私は荷物を奥へ運んだ後に傘で防ぎきれず濡れた部分を手拭いで拭き取る。

すっかり日は落ちて主人が夕餉の用意をしてくれたのかとても良い香りが鼻をかすめた。




「ただいま戻りました」




「ああ、ご苦労様」




勝手場に顔を出せば、思ったとおり主人が夕餉を盛り付けている。私はサッと手を洗いたすき掛けをして手伝いに取り掛かった。




「伊勢ちゃんに良く似合うねぇ、その簪」




いつもは面倒で横に緩くまとめるだけの髪。
せっかく芹沢さんから貰った簪が使いたくて、私は上にまとめあげてさしていた。




「ありがとうございます」




簪を手でそっと撫でてはにかむ。

あの詩の意味は未だに分からないものの簪に描かれている桔梗の花の意味を知れただけで、今は充分だ。




夕餉のお膳を運び、主人が着席したところで二人で手を合わせ食事を始めた。




「いつも近くにいすぎて....気にもとめなかったが....」




主人が独り言のような音量でポツリとつぶやく。




「どうかしましたか?」




「いや....ここに働きに来たばかりの頃の伊勢ちゃんはとてもあどけなかったのに

今じゃこんな別嬪さんになるとはねぇ....」




唐突に褒められ、汁物を吹き出しそうになった。「何を言い出すんですか」とお椀を置いて苦笑すれば主人が微笑んでくる。




「本当のことだよ」




「私などまだ十六の色気のない子供ですよ....」




自分で言っておいて悲しくなってきた。
私がハァ、と項垂れれば何か思い出すように斜め上を見つめる主人。

何を考えているのだろうかと視線だけそちらに向ける。




「伊勢ちゃんが来たのは....ちょうど十年前だったかね、髪が短くてどこか勇ましくて初めは男の子かと思ったよ」




「フフ、無理矢理ここにあがらせてもらったようなものでしたね」




両親が他界して、行く宛もなくなった私はボロ雑巾のような着物を着てただ、ただ、歩いていた。




ああ、懐かしいな。フッと思い出が蘇る。