文久三年、二月二十三日 京




「いらっしゃいませ!」




新しく客が入ってきては店の中を駆け回る。
京の町にあるこの小さな甘味処はお客が絶えない。

もっともほとんどが常連客だが
私は今日も初心を忘れず手厚くもてなす。




「今日も頑張ってるね~伊勢ちゃん
団子三つお願い」




「ありがとうございます!」




優しいお客様、美味しい甘味、
甘味処は今日もいつもと変わらずにぎわっていた。




「お待たせしました」




頼まれた団子をコトリと置けば、
「そういえば伊勢ちゃん知ってるかい?」
と始まる長屋の大家さんの世間話。

ちょうどお客さんの接待に余裕が出てきたので聞くことにした。




「どんなお話ですか?」




「実はね....壬生の狼共がこの京に来るんだとさ!」




そこまで聞いて私は小首を傾げる。
「壬生の狼」とは何かと聞けば、大家さんはひどく驚いた顔をした。




「ええ!壬生の狼を知らねぇのか!
ここらではもうこの噂で持ちきりだぞ?」




確かに最近のお客様の世間話に耳を傾ければ「壬生の狼」のことばかりだった。

さしてあまり興味がなかったので私は気にもしなかったが....、
ここらで持ちきりとあれば聞いておいて損はなさそうだと思った。




「壬生の狼って....狼がどうかしたんですか?」




「ああ、違うんだよ
壬生の狼とは言うが実際は人間の連中だ

壬生浪士組と名乗っているらしいんだがね
これがまた強いのなんのって」




強いという単語に私は体を震わせた。
「壬生の狼」などという二つ名ができているのだから相当な手練達なのだろう。














「その方達は....辻斬りか何かなのですか?」




声を震わせながら問えば、
大家さんは慌てて訂正してきた。




「違う違う!
彼らは会津藩預かりの非正規組織ってやつらしくてな、その地の治安を守る為に動くらしいんだ」




「....!
じゃあ、良い方達なのですね!」




私が安心したように顔を綻ばせれば大家さんは少し考え込むようにアゴに手を当てた。




「いや....そうも決めつけられねえんだ
なんせ壬生の狼なんていう二つ名だろ?
江戸にいた頃も結構暴れた事があったらしい

それに元町人、農民身分の浪士の集まりだ
何をしでかすか...」




暴れた事がある、なんて聞かされれば私の顔は青ざめた。
暴れる、と大家さんは気を利かせてくれたが実際はきっと多くの人を斬ったという事なのかもしれない。

そんな連中がこの京に来るのかと思うと少し気分が沈んだ。




――――――――


――――


――




そんな重い気分は続き、もう店をしめる時間になってしまった。

笑顔を貼り付けていたが
甘味処の主人は気が付いていたようですぐ休むようにと言ってくれた。




お言葉に甘えたかったのは山々だったのだが、私は奉公の身、しっかりと仕事をこなした。

今日何度目かのため息をつきながら
店ののれんを外す。




そこに二人の男が駆けてきた。




「ああ~しまっちゃった~
これ、平助のせいだからね」




「ひっでえ!俺のせいかよ、総司!」




どうやらこの甘味処へ駆けてきた様で
私がのれんを外したのを見て肩を落としている。

ここら辺ではあまり見かけない顔なので旅人か何かと思い、まだブツブツ言い合っている二人に声をかけた。




「あの....よろしければどうぞ?」




そう言って店の中を指せば
高身長の男が目を見開いて驚く。




「いいの?!」




「二人分くらいなら残ってますので」




私よりも身長の高いのにその喜びようときたらまるで子供のようで思わず笑みをこぼす。

隣の男にもどうぞと言えば
「でももうしめたんじゃ....」と言葉を濁す。




しかし高身長の男は隣の男のことなどお構いなしに甘味処へと入っていった。




「ああもうあいつは!ごめんな!団子頼む」




「いいんですよ、」




はにかむように笑った男にも少し幼さを覚える。変な方々だなぁとクスクス笑いながら私も店の中へと歩を進めた。















「お待たせしました」




そう言って団子を差し出せば高身長の男は目を輝かせてかぶりつく。
隣の男も「いっただっきまーす!」と手を合わせてからかぶりついた。




「うめえ!!!!!」




「うん、美味しいね平助」




微笑みながら美味しいと言ってくれる、
その姿を見ていたら少し疲れが取れた気がした。

しかし相当見てしまっていたのか高身長の男がこちらに視線を向けてきた。




「あ、すみません!」




先程とうってかわって鋭い視線に思わず手にしていたお盆で顔を隠す。
お盆の向こう側で「脅すなよ、総司ー!」と言う声が聞こえてゆっくりお盆を下ろした。




「だってこの子が見てくるから、ね?」




「すみません、あまりにも美味しそうに食べてくださるのでつい....」




きっと今の私の顔は真っ赤だったり真っ青だったり変だろうなあと落ち込んでいれば、「そういえば」と声をかけられた。

お茶かな?と思い小首を傾げれば高身長の男は妖艶な笑みを浮かべた。




ドキリと心の臓が跳ねる。




「君、壬生浪士組って知ってる?」




何故そこでその話題なのか、
少し忘れていたことで和らげられていた私の気分はまた重くなった。




「はい....」




「その人達のこと、どう思う?」




「おい、総司」




「平助は黙ってて」




早くこの話を切り上げたかったので当たり障りのない答えを用意していたが、何やら只の世間話の雰囲気ではない。

隣の男の表情も幼さが抜けていた。




「君もここに働いてれば世間話くらいするでしょ?」




答えに詰まっていれば高身長の男が追い討ちをかけてくる。
私は思ったままのことを口にすることにした。




「....噂を聞いて、恐ろしいと思いました」




「うん」




思った通りの答えだったのか高身長の男は私と交わしていた視線を外す。
この答えが欲しかったのか?と思ったが続けた。




「でも....会ってみなければどのような方がいるかも分かりませんし、
頭ごなしに恐ろしい連中と決めつけることはできませんね」




いつの間にか完食された団子の皿を見つめて微笑めば、二人共大きく目を見開いた。
何やら難しい顔をして俯いてしまっている。




「あの....私何か変なこと言いました?」




恐る恐る問えば二人は顔を合わせて笑い出した。




「プッ....アハハハハッ!
だって、平助....頑張らなきゃだね~」




「ハハッ....その点ではお前が一番心配なんだけどな、総司」




意味深な発言をしたかと思えばおもむろに席を立ち、勘定を置く。
私は何がなんだか分からずに立ち尽くしていた。




そのまま二人は出ていこうとして、足を止める。クルリと振り返って、




「ごちそうさま!」




声を揃えて言い、店を出た。









思えば始まりはこの時だったのかもしれない。



















「では、行ってきますね」




「ああ、いってらっしゃい
気をつけるんだよ伊勢ちゃん」




早朝、私は甘味処の主人に声をかける。
顔こそ見れなかったが仕込み中なのだろう、元気な声が返ってきただけで満足し歩を進める。




昨日は大入りだった為、甘味の材料が減ってしまい私が買いに行くことになった。

とは言ってもこういうことは時々あるため不安はない。
あるとすれば、浪士に金をタカられたりしないかということだけだ。




壬生浪士組とはまた別の、不逞浪士という者達で商家などに乗り込み強請を働くらしい。

最近では町人にも絡むようになったらしくグチをこぼしているお客様もいた。




「どうせ京の治安を守る為に来たのなら、壬生浪士組が追い払ってくれればいいけど....」




まだ肌寒い空気に身を震わせ店へと急いだ。




――――――――



――――



――




「――でね、その子....なんて言ったと思います、近藤さん」




「ううむ....恐い、か?」




「それがですね、会ったことないから分かんないって言ったんですよ!ブフッ」




大の男二人が酒もなしに、朝から真剣に(?)語り合っている姿に
余程むさ苦しさを覚えたのか同席していた男はため息をこぼした。




「あんたらこんな朝っぱらから何やってんだ....」




「そんなこと言うなら出てってくださいよ、土方さん」




「ここは俺の部屋だ!!!!!」




何故邪険にされなければならないのか
と怒鳴る男――土方歳三(ひじかたとしぞう)を尻目に高身長の男――沖田総司(おきたそうじ)は話を続ける。




「ねっ、近藤さんも面白いと思うでしょう?」




まるで子供のように嬉々とした顔で話す沖田に呆れもせず――近藤勇(こんどういさみ)は同意した。




「それは面白い女子を見つけたな総司!」




太陽のような笑顔に沖田もまたにっこりと微笑む。土方はそんな二人を見て毒気を抜かれ項垂れた。




「今日は巡察初めの日なんだ....気の緩んだ行動は慎めよ、総司」




「ヤダなぁ~土方さん、
僕仕事はこなしますよ?」




まるで信用できないとでも言いたげな顔を向ければ沖田は口を尖らせる。





「ったく....お前より歳下の斎藤は朝から京を下見に行ったぞ、守る土地を知らねばうんたらかんたら言ってな」




「何それ」




「とにかく、ただでさえ俺達の評判は悪いんだ....その甘味処の娘がなんて言ったかなんて知らねぇが、これ以上落としてくれるなよ」




眼光鋭く釘を刺せば沖田は怯えることもなく妖艶な笑みを浮かべる。
相変わらず扱いにくい奴だと土方は思うと山積みの書簡に目を通し始めた。














――――――――



――――



――




「まいど!」




必要な材料はなんとか取り揃え終えて私は一安心する。こんな朝早くに店を開けてくれた方に感謝しなければと踵を返す。

もうだいぶ時間が経ってしまったようで、
人通りも増えてきた。
早く帰ろうと少し速度をあげる。




「何事もありませんように」




そう呪文のようにブツブツ唱えていた矢先。




「ふざけんじゃねぇぞ!!!!」




「?!」




けたたましい物音と大きな声と共に目の前に一人の少年が転がってきた。
一瞬思考が停止してその場に佇む。

少年は吹っ飛んできた宿の入り口を睨みつける。私もそこに視線を移せば大柄な男が現れた。




「このワシに楯突こうなんざ百年早いわ!小僧!」




大声で怒鳴り散らしているところを見ると、この少年といざこざがあったことは一目瞭然。
刀を差しているとなれば浪士なのだろうかと私の顔は青ざめた。




「俺は少し酒くせえと言っただけじゃねえか!いい歳して暴れてんなよな!」




周囲にいる人間は刀を差しているというだけで触らぬ神に祟りなしとでも言ったところか近づこうとしない。
しかし少年はむしろ食ってかかっていった。




「手前の仕事はなんだ?!
俺達、お客様のお世話だろうが!!」




「おっさんが絡むから女中が困ってた
俺達は奴隷じゃねんだ、なんでも言うこと聞くと思ったら大間違いなんだよ」




この少年は私と同様この宿の奉公をしているらしい。
話を聞いていれば浪士が酔っ払って絡んだ女中をこの少年が庇ったのが気に食わなかったらしい。

なんとも大人気ない話だ。




私は青ざめた顔を引っ込ませ、少年と浪士の間に立った。周りからは「正気じゃない」などと言う声が飛び交う。




「ちょっとあなた、この少年に非はありませんよ」




「あァ?!うるせぇな女はひっこんでろ!」




部外者の介入についにブチギレたのか、浪士は抜刀した。
私の後ろの少年が慌てて私の袖を引く。




「おい!あんたを傷つける訳にはいかねえ!さがってろ!」




しかし出てきてしまった以上私の意地が発動してしまい、下がる気にはなれず聞かなかったことにした。




「大丈夫よ、あなたは間違ってないもの」




まるで自分に言い聞かせるようにつぶやくと荷物を少年に預けて浪士を睨みつける。




「このアマッ!!!!」




刀が振り下ろされる。
誰もが目を逸らし、私自身も目をつむった。




――死ぬ!!




キィン!




しかし訪れるはずの痛みはなく不思議に思い目を開ければ目の前には誰かが立っていた。














「無謀な賭けだな」




そうつぶやいた私の目の前の人は、
受け止めていた浪士の刀をスラリと流した。
途端に浪士はバランスを失い前方に倒れそうになる。




「なッ!!」




その隙をついて目の前の人は
鳩尾に蹴りを入れた。
浪士は大柄にも関わらず呆気なく吹っ飛び意識を飛ばす。




「....すごい」




一連の流れるような動きに私は思わず口にした。次の瞬間周りにいた者たちがワッと湧く。

私は礼を言っていなかったことに気付き目の前の人に頭を下げた。




「た、助けていただき――」

「あんたは阿呆なのか」

「は?」




食い気味にかけられた言葉に驚き頭を上げれば鋭い視線が私に向けられていた。
訳がわからず眉間にシワを寄せればため息をつかれる。




「俺が出てきていなかったらどうしたのだ、あんたが死ねば後ろの童も死んでいたぞ」




正論を述べられ俯く。




「............................
確かに....私の行動は浅はかでした
心のどこかで誰かが助けてくれると思っていたのかもしれません」




「しかし」




「?」




どうしてもこれだけは言わねばならないと思い俯いていた顔をあげ前を見据える。




「あそこで立ちはだからなければ、私は一生後悔していた事でしょう
それだけは御免です」




フンッと鼻息荒く言えば目の前の人は目を見開いて驚く。いや、どちらかといえば呆れてるのかもしれない。




「命云々よりも後悔しない生き方を選ぶか....」




ボソリとそう言えば私の後ろにいた少年に声をかけた。




「童、大丈夫か」




どうやら放心状態だったのか急に声をかけられ少年の肩が跳ねる。「ああ、」と言いながら立ち上がり私に荷物を手渡した。




「兄ちゃんと姉ちゃんが守ってくれたおかげだ、ありがとう」




そう言ってはにかむ姿はあまりにも母性本能をくすぐるので私は抱きしめてしまいたい衝動に駆られる。

なんとか自分を制して助けてくれた人の方に向き直ればジッと見られていた。




「うわっ、な....なんでしょうか」




「いや、京とはあんたのような者たちばかりなのかと思ってな」




「どういう意味ですか」




何故かいい意味とは思えない私は睨みつける。それにしてもこんな強い人、ここらにいたかと考え込めばその人は歩き出してしまった。

まだお礼も言ってない!
慌てて追いかけてその人の袖を掴めば立ち止まり、顔だけこちらに向けた。




「なんだ」




「助けていただきありがとうございました」




それだけ言って手を離せばその人は眉一つ動かさずに顔を戻しまた歩き出した。

不思議な人、私のその人に対する印象はそれだけ。




さて、と一息ついて荷物を持ち
甘味処へ急いだ。