授業は2クラス合同だったから、かなりの人数。
試合に出てる人以外は隅っこの方で待機してる決まりになっていて、その時の私は、試合を終えたばかりで汗だくだった。
たかが授業でそんなに頑張らなくても……と思うんだけど、その時は両チームにバレー経験者が居て、なんだかみんな、妙に張り合っていた。
相手チームに負けたくない。 絶対に負けないっ!! ってみんなが思ってて、ヘタクソなりに精一杯やった結果、なんとか勝利っ。
先生にも誉められたし みんなが笑顔になっていて、本当に楽しい時間だった。
そんなこんなで、汗だくになってしまった私は更衣室にあるタオルを取りに向かっていた。
更衣室に向かうには、男子が使っているコートの後ろを通らなくちゃいけない。
男子が固まって座ってる近くを、他の子たちと一緒に そそくさと通り抜けようとした時……、
──『ミサ、危ないっ!!』
……叫ぶ歩夢の声がして、ふとコートの方を見た。
そして目に映ったのは、メチャクチャなスピードで飛んでくるボール。
うわ、死ぬ。
と、本気で思った。
だってボールがこっちに向かってくるのが、スローモーションで見えたんだもん。
ほら、事故に遭った人は周りの動きがスローモーションに見えるって言うでしょ?
それとまったく同じ。
……私このまま死ぬんだ。
バレーボールが顔面に ぶつかり、女子高校生が死亡。とか記事になっちゃうんだ。
と、本気で思った。
……そんな私のことを救ってくれたのが、藤沢くん。
彼は私のすぐそばで休んでいたらしく、歩夢の声に反応した直後に私の手を掴んで引っ張った。
ガンッ!! と大きな音とともにボールが壁にぶつかる。
そして、私のすぐ目の前には藤沢くんの顔……。
──『大丈夫? 怪我ない?』
……彼のその言葉に、なんて返したかは よく覚えていない。
でも私は、その瞬間の笑顔に惚れてしまったんだ。
……うわー、今 思い出しても すっごくドキドキする。
あの時は本当にすぐ目の前に藤沢くんが居て、彼の息遣いがわかるほどに近かった。
私の目に映るのは藤沢くんだけ。
そしてきっと、彼の目に映っていたのも私だけ……。
ほんの一瞬の出来事だったけど、私にとっては最高の時間だった。
……まぁ、結局そのあとは会話らしい会話のないまま1ヶ月が経っちゃったけどね。
でも私は藤沢くんのことを目で追うようになり、時々目が合って彼が笑いかけてくれるのが どうしようもなく嬉しかった。
……藤沢くんが好き。
それは紛れもない事実だった。
「……彼のこと、また見てるね」
「えっ……?」
ふと、隣の席のマーくんが呆れたような顔で私を見ていた。
うわっ……私ってば、マーくんが呆れるくらいに藤沢くんのことを見てたっ……!?
「告白すれば?」
「やっ……それはさすがにっ……」
「じゃあ ずっと片思いしてる気?」
「うぅ……でも……」
「でも?」
小声で話す私たちのことを、気にしてる人は誰も居ない。
だけど なんとなく周りの目を気にしながら、マーくんに小さく言った。
「……私とあの人じゃ、全然釣り合わないよ……」
藤沢くんは勉強もスポーツも出来て、格好良くて素敵な人だ。
でも私は、なんの取り柄もないただの女子高生。
スーパースターみたいな人に私みたいなのが告白したって、フラれるのが当たり前。
だったら何も言わずに藤沢くんを見つめていたい。
好きって気持ちは隠したままになるけれど、それでも私は幸せな気分になれる。
幸せならそれでいいじゃないか。と、思ったんだけど……、
「……釣り合うかどうかは、ミサが決めることじゃないよ」
「え……?」
……それってどういうこと? と聞こうと思ったけれど、担任の先生が来てしまったため、言葉を繋げることが出来なくなった。
その後もその話をする機会はなく、私は頭の上に はてなマーク を浮かべるだけだった。
………
……
…
その日の放課後。
「おーいミサー、帰るぞー」
「うん、今 行くー」
ドアのところで、旬ちゃんが ひらひらと手を振っている。
朝に起こしてもらうのと同じで、これもまた いつもの光景だ。
「晃太くんは今日もお手伝い?」
「そ。 明日の教材準備だのなんだので忙しいんだと」
「相変わらずだねぇ……」
晃太くんは、成績優秀で面倒見のいいクラス委員。
担任の先生のお手伝いはもちろん、教科担当の先生たちのお手伝いなども進んでやっていて、忙しい毎日を送っている。
嫌々じゃなく進んでやってる。というのが晃太くんの凄いところだと思う。
相手に媚びを売るわけではなく、『困ってる人を見過ごせない』 、『大変そうだから手伝う』のが晃太くん。
私の自慢の幼なじみだっ。
……と言いつつ、数日前の晃太くんは 私にかなり冷たかったけどね。
まぁね、寝坊して遅刻しそうになったのは私のせいだよ?
起こされても起こされても起きなかったんだから、十中八九 私のせいです。
でも『自業自得』って言って、さっさと一人で行っちゃうなんて酷すぎるっ。
他の人には優しいけど、私には冷たい部分があるんだよなぁ……。
ま、基本は凄く凄く優しくて いい人だけどね。
「正人はまた図書室?」
「え? あ、うん。 いつも通り本を読んでると思うよ」
マーくんは本を読むのが好きで、カバンの中にはいつも小説が入ってる。
時代小説、推理小説、ファンタジーなんかを読んでることが多いけど、恋愛ものは苦手みたい。
休み時間もほとんど本を読んでいるし、放課後は決まって図書室だ。
「で、歩夢は……ベランダで何やってんだ?」
「あぁ、アレは……中庭に居る女の子たちを観察してるんだよ」
ベランダを見つめながら苦笑気味に返した私に、旬ちゃんは『意味がわからない』と言った感じで首を傾げた。
でも、ほんと……言葉の通りなんだよねぇ……。
「あのね、女の子を観察して、その人がどういう人なのかを当てる訓練をしてるんだって」
「……はぁ? 訓練?」
「うん。 なんか、『訓練すれば顔を見ただけでその人の性格がわかるし、上級者になるとパンツの色もわかるんだよ!!』……って熱弁してた」
「なんじゃそりゃ。 アイツは昔っから、変なことに熱中すんだよなぁ……」
と言いながらも、旬ちゃんは窓のところまで歩いていった。
そしてすぐにベランダに出て歩夢の隣に並んだ。
「歩夢、パンツの色はわかったか?」
「おぉ旬ちゃん いらっしゃーい。実はね……全然わかんないっ!! 旬ちゃんもやってみる?」
「うん、やるやる」
……って、なんで旬ちゃんも観察を始めちゃうんですかー。
ハァ……旬ちゃんも、歩夢に負けず劣らずの馬鹿だ……。
……ベランダから中庭を見下ろす二人は、女の子たちを楽しそうに観察している。
私もその横に立ち、なんとなく中庭を見下ろした。
……二人の会話は、なんというか、馬鹿丸出しな感じだ。
たとえば、メガネをかけた子はおとなしいとか、茶髪の子は騒がしいとか、ショートカットの子は活発だとか……。
……性格というかなんというか、見た目で判断してるだけのような気がする……。
「あの子のパンツの色は絶対 白っ!! メガネっ娘と言ったらやっぱり白でしょー」
「いやいや、そんなの漫画の中だけだろ。 白パンなんて見たことねぇぞ?
柄はドットかボーダー、色は淡いピンクとか水色だな」
「おぉ、さすが旬ちゃんっ!! 毎日ミサっちの着替えを手伝ってるだけあるねー」
私を見ながらニヤニヤと笑う歩夢。
……ドットかボーダー、淡いピンクとか水色……って、私が愛用してる下着じゃんっ。
もぉっ、旬ちゃんってば なんで歩夢に言っちゃうのー……。
「いいなー、俺もミサっちの着替え手伝いたいなー。
でもミサっちがパンツ姿を晒すのって、旬ちゃんと晃太兄の前だけなんだもんなぁ」
「あれ? そうだったっけ?」
「昔は全然オッケーだったけど、今は旬ちゃんと晃太兄だけっしょ。 ほら、よき兄と、よき母っ」
クスクスと笑う歩夢が、中庭の一角を見て視線を止めた。
それにつられるように私もそっちを見て、旬ちゃんも同じ方向を見る。
「あ……」
……そこに居たのは、藤沢くん。
私が恋してる男の子……。
そしてその隣には、凄く可愛い女の子が居る。
うちの学校はかなり広く、中庭も広い。
だから昼休みや放課後などは、お喋りをしてる人の姿をあちらこちらで見ることが出来る。
昼休みは友達とご飯を食べに中庭へ行く人が多いけど、放課後はカップルが多い。
……私たちが見ている藤沢くんと女の子は、まさにカップルと呼べるだろう。
とても楽しそうに話していて、手を繋ぎながら芝生に腰掛けている。
……藤沢くんって、彼女居たんだ……。
「あの男が、歩夢がメールで言ってた藤沢?」
「うん、そう。 で、一緒に居るのは隣のクラスの西原(ニシハラ)さんだね。
二人が付き合ってるって情報は持ってなかったけど、付き合い始めたのかなぁ」
「へぇ……可愛い子だな」
「うんうん、可愛いよねぇ」
「お似合いだなぁ。 あの子、マジ可愛いじゃん」
「だね。 ほんと可愛いなー」
……可愛い可愛いうるさいわボケ。
そりゃあ、あの子は確かに可愛いけど……でも歩夢も旬ちゃんもそんなに『可愛い』を連呼しなくてもいいじゃない。
どうせ私は可愛くもなんともない普通の女ですよーだ。
……と心の中で言いつつ、藤沢くんと西原さんを見つめる。
「……ほんと、お似合いだね」
歩夢の言った通り、二人はお似合いだ。
カッコイイ藤沢くんと、可愛い西原さん。 楽しそうに笑っているその空間も、なんだか ほんわかしてて素敵だ。
やっぱり、ああいう人が彼女じゃなきゃダメだよね。
私なんかが藤沢くんの隣に居るなんて……それを想像することすら、おこがましい。
「ミサ」
「ミサっち」
ふと、旬ちゃんと歩夢が ほとんど同時に私を見た。
旬ちゃんは口をへの字に曲げながら私の髪をわしわしと撫でて、歩夢は何か言いかけたけれど、何も言うことなく微笑んだ。
「え、なに……二人ともどうしたの?」
どこか怒ったような顔の旬ちゃんと、とても優しく笑ってる歩夢。
対照的な二人に同じ質問をするけれど……、
「別になんでもない」
「俺も、なんでもないよ?」
……と、同じ答えが返ってきた。
「私の名前呼んだのに、『なんでもない』の?」
「おう」
……そう言いながらも、旬ちゃんは相変わらず髪を乱暴に撫でてきている。
うぅ、グチャグチャになっちゃう……。
それを見てる歩夢も、相変わらずの微笑みだ。
「俺もねー、ただ単に名前呼んだだけ」
「……そうなの?」
「うん。 でも旬ちゃんと かぶっちゃったのは、ちょっと面白かったね」
クスクス笑う歩夢は、また中庭に視線を戻した。
……本当に『名前を呼んだだけ』なのかなぁ?
何か言いかけた顔だったと思ったんだけど……。
「旬ちゃん旬ちゃん、西原さんのパンツは何色だと思う?」
「黒。で、上下セット」
「おぉ俺も同感っ!! あの子には黒が似合うっ!!」
……ハァ。
やっぱりこの人たちは、馬鹿だ。