「なぁ、こっち向けよ」

「嫌だ」

嫌だ。

絶対に向かない。

わたしを死なせてくれるまでは。

腕を掴まれたままずっと飛び降りるはずの方向を眺める。

飛び降りたくても飛び降りれないというもどかしさに顔が強張る。

「死なせてくれるまで、向かない」

「死んだら振り向くも何もないだろ」

ふっと鼻で笑う声が聞こえた。

あぁ、この人は悩みなんて何もないんだろうな、そう思った。

次の瞬間、彼は掴んでいたわたしの腕を、ぐいっと半ば強引にひっぱった。

「いっ、痛いんですけど」

反射的に後ろを振り返ってしまった。

そこには低いフェンスの内側からわたしの腕を掴む1人の少年がが立っていた。

やってしまったという気持ちを裏に、精一杯涼しげな彼の顔を睨みつけた。

しかしおかしい。

透き通るように白い肌

わたしよりも10センチほど高い、華奢な体

漆黒の髪と、今にも吸い込まれてしまいそうな瞳

わたしと違ってちゃんと着こなされた新品のような綺麗な制服

名札の色は青だから…わたしと同じ2年だ。

水野と美しい明朝体で彫られていた。

入学してから2年が経つというのに、こんな人は一度も見かけたことがなかった。

こんなに綺麗な顔立ちの人、目立たないはずがないのに。

しばらくの間見とれてしまっていると、再び腕を引っ張られ、彼の顔がさっきよりいくらかアップになった。

「じゃあさ…」

彼がゆっくりと口を開く。

「いらないのなら…お前のその命、俺が欲しいんだけど。」

「えっ」

突然そんなことを言われたもんだから、思わず声が出てしまった。

彼の声色は、さっきのいたづらっ子のような口調とは一変して、低くて、どこか悲しげな、なんともいえない声だった。

「なぁ…」

背筋がゾクッとする。

ただならぬ声に、ちょっとのことでも敏感に反応してしまう。

彼はわたしの目をしっかりと見つめ直し、静かに言った。

「俺に…、…くれよ。」