俺は学校にちゃんと愛花さんの生徒証明書を持ってきていた。
今日愛花さんにお返ししておかなければ、日を置くごとに渡しづらくなってしまう。
だが、今日は運が悪いのか、移動教室の授業が多い。

なかなか渡す時間がなかったのだ。

「いつ渡そうかな。」
と思っていると、あっという間に昼休みになってしまった。

昼休みならゆっくりしていても隣のクラスに行く余裕はあるが、俺はゆっくりしてはいられなかった。

急いで隣のホームに向かおうとすると、
「きっくー! 今日一緒に弁当食わね?」

と、言いながら俺の腕をつかんできた。

「ああ、すまん。 俺はちょっと行く所あるから待っててくれ。 遅くなるようなら先に食べていていい。」

「了~解~」
佐々木の顔が、少しにやけていた気もするがそんなことはどうでもよかった。

少し早足気味になりながら教室に向かった。

6ホームを覗きこむと、…その中に桜井さんはいなかった。

黒髪の女子はいくらでもいるのに、なぜだかすぐにいないとわかった。

そのかわりに、いおちゃんを見つけた。

俺は6ホームの中に入り、いおちゃんの所まで行った。
「あ、きっく~。」

「いおちゃん、桜井愛花さんって言う女子を知らないか?」

俺は単刀直入に聞いた。
「愛花? 愛花なら食堂に食べ物買いに行ったよ?」

「そうか、ありがとう。」と言うと、
すぐにその場を立ち去った。

いおちゃんはどうしたのか聞きたそうな顔をしていたが、何も言わなかった。

俺は軽くジョギング程度の小走りで食堂まで走っていた。

階段を降り、曲がり角を曲がったその時、人がいた。

その人は、俺が曲がり角から急に出てきたので、少々ビックリしていた。

「ごめんなさい!」
とだけ言うと、そのまま続けて走り出した。
すると、ある異変に気がついた。

足を止めて、後ろを振り返る。

誰もいない。

たが、もと来た道を戻ってさっきぶつかりそうになった人を探した。

階段を上がるとすぐに見つかって、5ホームの前で呼び止めた。

「愛花さん!」
すると、一人の黒髪の女子が振り向いた。
桜井愛花だ。

「あ、さっきの人…」

「愛花さんですね、ずっと探してたんだ。」
愛花は何で探されていたのかわからなかった。

「…ちょっと何を言っているのかわからないです…」
すると、ポケットから愛花の生徒証明書を取り出した。

「これは愛花さんの落とし物ですね? 体育館に落ちてたんだ。」
愛花は少しだけ状況を把握するのに時間がかかった。
だがそのあとすぐに理解した。

「あ、ありがとう! これ探してたんだぁー.… やっぱり拾われてた〜良かった良かった〜」

「やっぱり…と言うことは、拾われているということはわかってたのか?」

俺は少し気になったので、聞いてみた。

「うん、部活決めの前まで持っていたのに、その後からなくなっていたから体育館にあると思ったの。」

「ああ、体育館にあったのを拾ったんだ。 その日に返せなくてごめん。」

と言いながら、生徒証明書を渡した。

「ありがとう! また道場で会おうね。」
そう言って、愛花は6ホームまで戻った。
俺も戻ろうかと、隣の5ホームに入ろうとすると、佐々木がドアの近くにいた。
「やぁ菊池君、お疲れ様。いいものを見させてもらったよ。」

なんと佐々木はさっきのやりとりをすべて見ていたらしい。

佐々木は言うまでもないが、ニヤニヤしていた。

「なんだその顔は! 俺はただ落とし物を返しただけだ! つーかニヤニヤするなーー!!」