知ってる。彼にとって、あれが何気ないことだったことくらい。

ほんの些細なことだった。





──あの日も、いつものように教室で絵を描いていた。




「あれ?」

「あ……」

そろそろ帰ろうかと、手に持っていた色鉛筆をケースに置きかけたとき。

「竹島くん…?」

「俺のこと、知ってるんだ?」

「う、うん……。クラスメートだし…」

「そっか」

なんでもないという風に呟いてから、私の手のなかにあるノートに視線を移した。

「何か描いてたの?」

「うん」

見てもいい?と言われたから、コクリと頷いて差し出す。

彼はジッとその目を見つめ、そしてふわりと笑った。

そんな彼の表情は初めて見たから、心臓がドクンと音をたてた。

「へぇ…。綺麗な色だね」

「……そ、そうかな?」

「うん」

ふと顔をあげ、私のほうを見る。

開けた窓から、誘われるように入った風が、私の髪をサラリと揺らした。