桃色初恋、甘口キス

さっきの話、聞いてたでしょ?
あたしは親友の失恋に、気持ちが沈んでるんだよ?

なんで好きなタイプの話はじめてるの?

「俺、知ってたんだよ。
お前の好きなタイプどころか、好きな人」

え……?

「緑木先輩、だよな?」

黄原の言葉に、あたしは慌てる。

「や、なわけ、ないじゃないか……」

「知ってるから。
もう隠さなくて、いいから。

俺はお前を見てるけど、お前は緑木先輩を見てたから。
お前の気持ち、ずっと前から知ってたよ」

親友にも誰にもバレないように隠し続けて。
その上一番近くから親友を応援して。
頑張ったな?

黄原はそう言って、横からあたしを抱きしめた。




「黄原……」

あれ?
なんであたし、泣いてるんだろう……。

「ほら、泣きたかったんだろ?
本当は辛かったんだろ?
心が無理してたんだよ、うみは」

あたし、辛かったの……?
そうか、そうかも知れない……。

絶対バレちゃいけないくて。
愛ちゃんを応援し続けようって決めて。
でも、本当は苦しかった。
親友と憧れの先輩が幸せそうな姿、見てるの辛かった。

確かに、あたしも緑木先輩が好きだった。
でも告白なんて絶対無理で……。

愛ちゃん凄い、よかったねって……。
思うように、してた。
辛くない、辛くないって、自分に言い聞かせてた。

愛ちゃんが先輩と付き合い初めて、最初の頃は凄く心が痛かったけど。
最近は平気だったし、もう、先輩への恋心は大分、薄くなっていた。
むしろなくなったと思って安心してた。

だけど今日、愛ちゃんと先輩がお別れしたシーンを見ていて。
あたしは、何故か自分も一緒に失恋したような、そんな気持ちになっていた。

「俺は……うみが好きだよ。

友達想いで不器用で。
お人好しで、ガマンばっかりして。
強がってるけど本当は弱くて。

そんな可愛いうみが、大好き」

「黄原、あたし……」

そうだ、あたしが先輩への気持ちを抑えることができたのは、黄原のおかげかも知れない。
黄原が、好きって言ってくれたからだ。
黄原が素直な気持ちをぶつけてくれるようになってから。
どうせ可愛くない、恋なんてできないって卑屈な気持ちが、変わった。

恥ずかしいけど、想われて嬉しいって気持ちを、知るようになった。

でもそれって、ずるくない?
先輩への失恋の辛さを、黄原で癒していたのか、あたしは……?
黄原の好意を、利用していないか?

「うみ。辛いの我慢して応援してた恋が終わって、今は混乱してるんだよ。
もしかして、桃瀬さんに自分を重ねてたのかも知れない。

でも、もう先輩は追わないで?
俺は先輩みたいに爽やかでも格好良くもないけど……。
うみが大好きなんだ。
俺を見て? うみ……」

黄原の優しさが、痛い……。
あたしの目から涙が、またこぼれ落ちた。

あたしが先輩を好きな気持ち以上の気持ちで、黄原はあたしを想っていてくれたってことだよね?

気持ちを知りながら、ずっと隣で……。
あたしが愛ちゃんの恋を隣で見るようになった時期よりも、前から。
黄原は、あたしの恋を隣の席で、見ていたんだね?

「黄原、ごめん……」

「ん……。いいから……」

今度こそ振られたな、と、黄原はあたしを抱きしめる腕を、引っ込めた。

「あ、ごめん、違う……。
また勘違いさせた」

「……え?」

一度ならず二度までも、あたしの言い方が悪くて、黄原を勘違いさせてしまった。
あたしは涙を拭った。

「黄原の気持ちは嬉しいよ?
でも、このまま付き合ったら、ずるいと思う」

「ずるい?」

そう、ずるいと思う。
緑木先輩がダメだったから、じゃあ想ってくれる黄原、みたいになってない?
緑木先輩を想いながら、黄原に甘えてしまったことも事実だし……。

このまま進んでしまったら、あたしは嫌な女になってしまうような気がする。

「黄原が本気だってことは、よくわかったよ。
あたしより黄原が大変だったよね?
なのにあたしによくしてくれて、ありがとう。

でも今は、愛ちゃんの傍にいてあげたいし、親友の失恋日に付き合い始めるなんて、ないし。
愛ちゃんが元気になって、あたしも気持ちの整理がつくまで……」

待ってて、くれないかな?

あたしの言葉に、黄原は最初、驚いた顔をしていたけど、その後柔らかく笑って、頷いた。

「うみの、そういう真面目なところも、好きだよ」

黄原は顔を近づけて、あたしの耳元で、そう囁いた。

「うみ、俺、知れば知るほど、うみが好きになる」

「も、だから……。
恥ずかしいんだってば」

「いいだろ、二人っきりなんだから」

恥ずかしくないよ、と、黄原は笑った。
「黄原、瀬田君みたい」

「なっ?! 瀬田?!
俺は、今までの分まで気持ちを伝えてるだけ!

甘い言葉を永久に吐き続けるあいつと一緒にするなって!」

あたしの一言に、思いのほか黄原は反応した。
ふぅん?
最近恥ずかしいことばっかり言うけど、瀬田君とは違うっていう線引きが、黄原にはあるんだ?

「うみ、お前だって鈍すぎて、立花さんみたいだっ!」

「ちょっと!
あたしあんなに鈍くない!」

あたし達は何だかんだと言いながら、カラオケボックスで歌うことなく、3時間過ごした。
翌朝。
愛ちゃんは腫れぼったい目で、いつもより遅く登校してきた。

「目、どうしたの?」

「何かあった?」

「何もないよ、ありがとう」

クラスメイトに声をかけられるたび、愛ちゃんは微笑んでお礼を言う。

昨日よりは平気そう、かな?
て、平気なわけ、ないんだけど……。

「おはよう、うみちゃん。
どうしたの? その目!」

やだな、愛ちゃんのほうが大変なのに、心配されちゃったよ。
隣の黄原は、心配そうにあたしを見つめている。

「おはよ、愛ちゃん!
昨日家の手伝いで大量の玉ねぎ切ってさ、めっちゃ泣いた!」

あたしはおどけて笑った。

「それは泣いちゃうね」

愛ちゃんもくすくす笑った。