桃色初恋、甘口キス

黄原の優しさが、痛い……。
あたしの目から涙が、またこぼれ落ちた。

あたしが先輩を好きな気持ち以上の気持ちで、黄原はあたしを想っていてくれたってことだよね?

気持ちを知りながら、ずっと隣で……。
あたしが愛ちゃんの恋を隣で見るようになった時期よりも、前から。
黄原は、あたしの恋を隣の席で、見ていたんだね?

「黄原、ごめん……」

「ん……。いいから……」

今度こそ振られたな、と、黄原はあたしを抱きしめる腕を、引っ込めた。

「あ、ごめん、違う……。
また勘違いさせた」

「……え?」

一度ならず二度までも、あたしの言い方が悪くて、黄原を勘違いさせてしまった。
あたしは涙を拭った。

「黄原の気持ちは嬉しいよ?
でも、このまま付き合ったら、ずるいと思う」

「ずるい?」

そう、ずるいと思う。
緑木先輩がダメだったから、じゃあ想ってくれる黄原、みたいになってない?
緑木先輩を想いながら、黄原に甘えてしまったことも事実だし……。

このまま進んでしまったら、あたしは嫌な女になってしまうような気がする。

「黄原が本気だってことは、よくわかったよ。
あたしより黄原が大変だったよね?
なのにあたしによくしてくれて、ありがとう。

でも今は、愛ちゃんの傍にいてあげたいし、親友の失恋日に付き合い始めるなんて、ないし。
愛ちゃんが元気になって、あたしも気持ちの整理がつくまで……」

待ってて、くれないかな?

あたしの言葉に、黄原は最初、驚いた顔をしていたけど、その後柔らかく笑って、頷いた。

「うみの、そういう真面目なところも、好きだよ」

黄原は顔を近づけて、あたしの耳元で、そう囁いた。

「うみ、俺、知れば知るほど、うみが好きになる」

「も、だから……。
恥ずかしいんだってば」

「いいだろ、二人っきりなんだから」

恥ずかしくないよ、と、黄原は笑った。
「黄原、瀬田君みたい」

「なっ?! 瀬田?!
俺は、今までの分まで気持ちを伝えてるだけ!

甘い言葉を永久に吐き続けるあいつと一緒にするなって!」

あたしの一言に、思いのほか黄原は反応した。
ふぅん?
最近恥ずかしいことばっかり言うけど、瀬田君とは違うっていう線引きが、黄原にはあるんだ?

「うみ、お前だって鈍すぎて、立花さんみたいだっ!」

「ちょっと!
あたしあんなに鈍くない!」

あたし達は何だかんだと言いながら、カラオケボックスで歌うことなく、3時間過ごした。
翌朝。
愛ちゃんは腫れぼったい目で、いつもより遅く登校してきた。

「目、どうしたの?」

「何かあった?」

「何もないよ、ありがとう」

クラスメイトに声をかけられるたび、愛ちゃんは微笑んでお礼を言う。

昨日よりは平気そう、かな?
て、平気なわけ、ないんだけど……。

「おはよう、うみちゃん。
どうしたの? その目!」

やだな、愛ちゃんのほうが大変なのに、心配されちゃったよ。
隣の黄原は、心配そうにあたしを見つめている。

「おはよ、愛ちゃん!
昨日家の手伝いで大量の玉ねぎ切ってさ、めっちゃ泣いた!」

あたしはおどけて笑った。

「それは泣いちゃうね」

愛ちゃんもくすくす笑った。
「でしょ?
しかも超新鮮で、染みまくりで!」

あたしは大げさにジェスチャーしてみせる。
ふふふ、と、愛ちゃんは笑う。
昨日ほど無理をして笑っている様子はなくて、あたしはほっとした。

「お前……。
って、まぁ、いいか」

黄原は、呆れたように何かを言いかけて、やめた。

また? と、思ったところで、あたしはハッとした。
やっと、黄原が言いかけてやめる理由が、わかった……。

無理するな、とか。
お前だって好きなくせに、とか。
辛いんだろ? とか。

きっと、そんな感じのことを言いたくて、でも言えなくて。
それが、言いかけてはやめることになってたんだろうな。
チャイムが鳴って、愛ちゃんは自分の席に戻っていった。

「黄原」

「ん?」

「ありがとう」

感謝を伝えたくなったあたしは隣に声をかけた。

昨日のカラオケでの話も、最近のアピールも。
言いたいことを我慢して、ずっと見続けていてくれたことも。

自意識過剰かも知れないけど、あたし、黄原に想われてるんだなって、つくづく実感したよ?
だから、ありがとう。

「え? なに、急に」

黄原は戸惑ったようにそう言って、何か聞きたそうにしていたけど、先生が教室に入ってきて朝のホームルームが始まって、会話は途切れた。
「ねぇ、うみちゃん」

お昼休みに、いつも通り一緒に中庭でお弁当を食べる愛ちゃんが、おもむろに口を開いた。

「黄原君に、いつお返事してあげるの?」

「え?」

あたしは驚いて、飲んでいたお茶を吹きかけた。
どうにかお茶を飲み込んで、愛ちゃんを見つめる。

「あ、愛ちゃん?」

愛ちゃんはきょとんと、口に運んでいたプチトマトを飲み込んだ。

「黄原君、うみちゃんのこと、好きだよね?
こないだね、ゆっくり返事待ってるからって、うみちゃんに話しかけてるの、聞いたよ?」

お返事して、あげないの?
お似合いなのに……。
愛ちゃんは不思議そうに。あたしを見つめ返している。
「えっと、そうだね、その……」

あたしはたじろいでしまった。

「うみちゃん……。
もしわたしに遠慮してるとしたら、怒るよ?」

「え?」

「うみちゃん、わたしね?
昨日一人でよく考えて、気付いたことがあるの」

「な、何……?」

愛ちゃんが食べかけの弁当を膝の上に置いて、あたしをじっと見据える。
あたしも、弁当を自分の横に、お茶と一緒に置いた。

「わたしと緑木先輩の恋って。お互いに憧れだったんだよ」

「憧れ……?」

「そう。恋への憧れっていうか。
恋に恋してたっていうか」

愛ちゃんは言葉を選びながら、続ける。