「樹里、行こうか?」
あたしはゆっくり立ち上がる
怖くて震えが止まらない
「大丈夫。俺が居る。離れるな」
大翔にそう言われると落ち着く
「樹里、行っておいでな」
おじいちゃんに見送られ大翔の手を握ったまま家を出る
話せないから会話が出来ない
通る人全ての視線が怖い
そんなあたしを見かねて大翔はあたしが人の視界に入らないようにしてくれた
「樹里、着いた」
気付いたら大翔の部屋の前
「準備するからベッドに寝転がってて良いよ」
あたしは大翔の言うとおりにベッドに寝転がった
大翔の匂いがあたしの気持ちを落ち着かせてくれる
やっぱりあたしは大翔が居ないとダメなんだ
大翔が居るから一歩を踏み出せる
大翔は泊まる準備をしていた
お父さんも急に突発的なこと、言うよね。
でも、嬉しい
さっきの出来事があって1人で居ることがイヤだった
大翔に傍に居て欲しい、って思ってたから良かった
「準備終わった」
その言葉を聞きあたしはゆっくり起き上がる
大翔はベッドに座りあたしを後ろから抱きしめてくれた
「俺が樹里を此処に連れて来たのは理由がある」
真剣且つ優しい声が耳元で響く
「樹里のことだから1人にすると泣いてただろ?だから怖い思いするのは分かってたけど、連れてきた」
大翔はしっかりとあたしのことを考えてくれている
「まぁ、俺が樹里と一緒に居たいって言うのもあったけど…」
あたしだって1人は怖いから大翔と一緒に居たい
「さっきの出来事はなかなか癒えないかもしれない。だけど、樹里のペースで良い」
この人はどこまで優しいの?
「今、起こった出来事は将来、必ず樹里のプラスになる。だから、一歩ずつゆっくりで良いんだ」
大翔はいつもあたしが言って欲しい言葉を言ってくれる
“あたしはね、大翔のおかげで、大翔が居るから一歩を踏み出せるんだよ”
いつか、この言葉を声に出して大翔に伝えることが出来るのだろうか?
そうじゃなくても伝わってると良いな。
……あたしの想い
大翔が抱きしめてくれてると心地いい
離れたくない
離れようとしても“もうちょっと”と言って離してくれなかった
こうやって抱きしめてくれてると嬉しいけど恥ずかしいや…。
何も話すことなく大翔はあたしを抱きしめてくれていた
「落ち着いたか?」
あたしは小さく頷いた
「じゃあ、樹里の家に行こ。」
大翔は荷物を持ってあたしの手を引き家を出た
「怖がることなんてない」
微かに震えてるのを察知した大翔
彼はあたしのことを理解してくれている
「樹里、大翔。」
声を掛けて来たのは冬華だった
冬華のお父さんも一緒
「あっ、話したいことある」
それを聞き2人は察知したのか車を停めて公園へと入った
「大翔、話したいことって?」
「実は……」
大翔はあたしの代わりにさっきの出来事を話してくれた
2人とも驚いていた
「樹里、心配しなくてもお父さんなら分かってくれるから」
昔から冬華の家族は心強い
「そうだよ。何も心配することはない」
冬華のお父さんにそう言われたら少し気持ちが楽になった気がする
「樹里のペースで良いの。あたし達はしっかりサポートするからね?」
冬華が親友であり理解者で本当に良かった
他愛のない話をして冬華達と別れた
「さっ、俺らも行こう」
大翔と一緒に家路につく
「お姉ちゃん、お帰り」
「樹里、お帰り。大翔くんが泊まるって聞いて今日は焼き肉だよ」
野菜を持った樹音とおじいちゃんが出迎えてくれた
おじいちゃんの畑で出来た野菜、大きいんだよね
「樹里はゆっくり休んでな」
《あたしも手伝う》
「良いよ。体調崩したら元も子もないから。此処に居るのは樹里の静養も兼ねてるんだ。甘えなさい」
おじいちゃんが言ってくれてるから甘えよう
「樹里にしては素直だな。よしよし」
大翔はニコッと笑いながらあたしの頭を撫でる
《あたしだってたまには素直になるよ》
「さっきのこともあるしゆっくり休みな。」
小さく頷くと一目散に自分の部屋に向かう
そして、ベッドへと寝転がる
やっぱり寝転がると落ち着く
「無理はするなよ。樹里のペースでゆっくりな。何かあったら頼って良い」
焦らなくて良いんだよね?
あたしのペースで良いんだよね?
大翔のおかげで前に進める
大翔が居るから見える世界が明るいんだ
「無理してもキツいのは樹里だからな。樹里には支えてくれる人が居るんだから。」
頭を撫でながら優しく語りかけてくれる大翔
「おやすみ。ゆっくり休めよ」
その言葉を最後にあたしは意識を手放した
君はね……
1人じゃないよ
俺や家族、仲間が
君の傍に居る
***************
樹里が寝付いたのを確認して樹音が居るところへ行く
「お兄ちゃん、お姉ちゃんは?」
樹音が心配そうに聞いてきた
「寝たよ。だから今はそっとしておこうな」
「大翔くん、ありがとうな」
「いいえ。俺に出来ることをしてるだけです」
それを聞いた樹里のおじいちゃんは安心した表情を見せた
「おばあちゃん、お手伝いしますよ。何かありますか?」
「そうかい?野菜を切るの手伝って欲しいんだけど…」
視線を向けた先には大きな野菜
取り立てということもあり新鮮だ
樹里のおじいちゃんの家は自給自足の生活をしているみたい
樹里の家に限らず田舎町であるこの周辺のお年寄りは自給自足の生活をしている
「どうして畑仕事を頑張るんですか?」
1度は聞いてみたかったこの質問をおじいちゃんに聞いてみる
「畑仕事が趣味でね。元気なうちは自分の育てた野菜を食べたいし。多かったらおすそ分けして喜んでもらいたい」
畑仕事が趣味か…
「あたし達はね、人に喜んでもらいたくて野菜を育ててるんだよ」
とおばあちゃんが話してくれた
「1番は孫達に新鮮な野菜を食べさせたい。それが今のやる気の源なんだよ」
愛されてるな、樹里と樹音
なんかその話を聞いてほっこりした
「大翔くんは手際が良いな」
野菜を切っているとおじいちゃんに褒められた
褒められるって嬉しいけど恥ずかしいな
「高校入学と同時に1人暮らしで自炊をしてるので…」
最初は慣れなくて良く指を切ったりしてたな
「だから、手際が良いのか。そういえば、自己紹介してなかったな。寺田直正(テラダナオマサ)。改めて宜しく」
そういえば、おじいちゃんの名前、知らなかった
「それじゃ、あたしもだね。祖母のタエコ。宜しくね」
直正さんとタエコさん
2人とも優しくて好きだ。
それからは他愛のない話をしながら準備に取りかかった
小さいながらに樹音も手伝ってくれたしな
「樹音、樹里の様子見に行ってきて。」
「はーい。いってくる」
タエコさんに言われ樹里の様子を見に行く樹音
小学1年で甘えたいだろうに本当に姉思いの良い子だな。