「大きな理由はね、俺が大翔の実家のある隣町の大きな病院の医者だからだよ」
それが大翔と関係があるのかな?
あたしが悩んでいると…
「大翔なりに葛藤があってな。“あの医者の息子だろ”とか“金持ちなんだろ?”とか言われてたみたいなんだ」
大翔のお父さん結構、有名なんだね
「アイツは此処に来れば噂されなくて済むと思ったんだろうな。」
大翔も大変なんだ
「そんなこともあってか大翔は普通の生活に憧れてた。だから親元を離れて生活したいって言い出した」
《怒ったりしたんですか?》
「最初は怒ったよ。だけど、大翔は自分の考えを貫いた。今は一人暮らしをさせて良かったって思ってる」
大翔のお父さんは懐かしそうに話していた
《大翔は本当に優しいです。あたしが話せなくても普通に接してくれますし。》
「大翔が優しくなったのは樹里ちゃんのおかげかもしれないな」
……あたしのおかげ?
「中学生の時は反抗期で家には帰って来なかったんだ。良く喧嘩もした」
大翔が喧嘩なんて考えられない
「高校に入って連絡しても返って来ないし電話しても話さない。でも…」
相馬先生は深呼吸をしていた
「さっき、久しぶりに顔見たら表情が軟らかくなってた。樹里ちゃんに対しては笑ってた」
確かに笑ってたかな。
「大翔って本当に素っ気なくてね。俺らが話し掛けたってムスッとしてたんだ」
大翔は最初から優しかったから分かんないや
「今、笑ってるのが不思議なくらいだよ。樹里ちゃんのおかげだ」
だと良いけどね。
----トントン
「はい、どうぞ」
あたしが話せないから相馬先生が返事をしてくれる
「お父さん、買ってきた」
入って来たのは買い物を終えた七瀬さん
「おぉ、ありがとう」
相馬先生は七瀬さんから袋を受け取ると中身を出しあたしに渡した
花柄のノートと赤チェックのノート
「じゃあ、あたしは行くね。何かあったら連絡ちょうだい。樹里ちゃん、また来るね」
七瀬さんは言いたいことだけ言って出て行った
再び静かになった病室
《なんでノートは2冊ですか?》
「ん?1冊は俺、1冊は大翔」
意味分かんない
「俺用のノートには樹里ちゃんの抱え込んでるものを書いて欲しい」
あたしの抱え込んでるもの…?
「なんでも良いんだ。“遊びたい”とか“話したい”とか“甘いもの食べたい”とか。樹里ちゃんの思ってること」
《あたしの愚痴聞いてくれるんですか?》
「もちろん。それが仕事でもあるからね。箇条書きでも構わないから」
相馬先生はニコッと微笑んでくれた
大翔もだけど、この人になら自分のこと話しても良いかもしれない
今まで、こう言ってくれる人が居なかった
だから、自分の心の中で押さえ込んでいた
「本当にどんなことでも良いんだよ。樹里ちゃんの心が軽くなるならね」
優しく語りかけてくれる
それが嬉しくて涙が出た
「よし。今は泣きなさい。俺が来た時は泣いて良いから」
優しい人だな…
大翔が優しいのもこの人の性格と同じだね
「落ち着いたかい?」
相馬先生は抱きしめてくれたまま優しく声を掛けてくれた
あたしは小さく頷く
あたしが落ち着くまで何も言わずに泣かせてくれた
「耐えられなくなったらノートに自分の気持ちを書いて落ち着かせるんだよ?このノートは俺しか見ないしな」
《書けるだけ、書いて良いの?》
「あぁ、その日の出来事でもなんでも。樹里ちゃんの気持ちが落ち着くまで。」
相馬先生は怒らなかった
寧ろ、“書いて良い”って言ってくれた
「それに樹里ちゃんがどんな生活をしてるかも知りたいんだ。良かったらこっそり大翔のことも教えてね」
ニコッと笑う姿は大翔を思わせる
少年みたいな笑顔
やっぱり、親子なんだな。
《大翔にはお世話になってばっかりですよ。》
「じゃあ、大翔用のノートにはお礼を書いたらどうかな?話せないと言いたいことも言えないでしょ?」
……確かに。
「ノートだったら書きたいことも書けるし。」
《交換ノートみたいなものですよね?》
「そうなるね。手紙でも良いけどノートの方がたくさん書ける」
手紙だと便せんが何枚あっても足りないからノートも良いかも…
「次に来た時に樹里ちゃんが書いてくれたノート見るからな。」
《また来てくれるんですか?》
「もちろん。樹里ちゃんの主治医だからね。病院に来てもらうこともあるしお父さんと相談しなきゃだな」
お父さんに連絡をし急きょ来てもらって話し合った
あたしは大翔へのノートを書くことに集中していた
1冊のノートが
俺たちを繋げてくれる
このノートの存在は
とても大きいものだ
***************
親父と樹里だけにした方が良いと思い一旦、樹音を連れて家に帰ってきた
直樹さんが家の前まで送ってくれた
「ここがお兄ちゃんのお家?」
「そうだよ」
仕事が忙しい直樹さんに変わって樹音の面倒を見ることになった
「りんごジュースとオレンジジュースどっちが好きか?」
「オレンジジュースが飲みたい」
俺はコップにオレンジジュースを注ぐ
姉貴が冷蔵庫に入れてたジュースが役に立つ日が来るとは…
「はい、どうぞ」
「お兄ちゃん、ありがとう」
樹音の笑顔は樹里に似てるな
なんだか癒される。
「ねぇ、お兄ちゃん…」
「どうした?」
不安そうな顔をする樹音の隣に座る
「お姉ちゃん、大丈夫だよね?」
「大丈夫。すぐに元気になるさ。樹音が悲しい顔をすると樹里が悲しむぞ?」
だけど、樹音は悲しそうな…
それに、何処か寂しそうな顔をした
樹里もこんな顔、するよな
俺は樹音を自分の膝の上に座らせた
「樹音だって、不安なんだよな?」
樹音は小さく頷く
「お姉ちゃん、話せるようになるよね?」
「時間は掛かるかもしれない。だけど、話せるようになるよ」
見込みはないけど、樹里はいつか話せるようになる
それをサポートするのも俺の役目だ
「お姉ちゃん、泣きそうな顔する。」
樹音も気付いてるんだな
「悪いこと、したかな?」
「樹里がね、泣きそうな顔するのは不安だからだよ。自分だけが話せないから泣きそうなんだと思う」
“樹音が悪いわけじゃないから大丈夫”と教えてあげた
「樹音は樹音に出来ることをすれば良い」
小学1年生には難しいかな?
「お姉ちゃんが話せなくて…。樹音も悲しい。もっとたくさんお話したい」
樹音も我慢してる
「樹音、泣いて良いよ。我慢しなくて良い」
樹音は今まで我慢していた分が溢れ出した
樹里が話せないことは小学1年生の樹音にとって負担が大きいはず
誰にも言えなくて我慢して…
心配掛けまいと大人びた行動を取っていたんだと思う
だけど、やっぱりまだ小学1年生なんだ
樹音には分からないことだってたくさんある