食パンと紅茶で簡単に昼食を済ませ、部屋に入る。




ベッドと小さなローテーブルがあるだけの部屋。




勉強机も本棚もない。




アイツの部屋とは真逆のシンプル過ぎる部屋だ。




…暇。




何もない。




私が買ったものは全てアイツの部屋にあるし、それで不自由な思いをしたことなどなかった。




これまでの生活を振り返ってみよう。




朝起きて、顔を洗って、ご飯を食べて、歯磨きをしたらアイツの家へ。




アイツを起こし、制服に着替え、準備をしながらアイツを待つ。




アイツの準備が終わって、学校へ。




学校からアイツの家に帰って、部屋着に着替え、宿題をする。




アイツのベッドでマンガを読みながら、おやつを食べ、たまに再放送のドラマを見る。




夕食前に家に帰って、ご飯を食べる。




ゆっくりお風呂に入り、アイツのくだらないメールに返事をしながら連ドラを見る。




私が見ているドラマが終わる時間にアイツからおやすみメールが来て、それに返信をしたら就寝。




次の日はまた朝からアイツの家へ。




何気無く過ごしてきたが、考え直すと、私の生活はアイツばかりだ。









物心ついたころには、アイツの煩さは今と変わらなかった。




毎日私を迎えに来ていたアイツが、いつからか迎えを頼むようになった。




毎日私の家かアイツの家で遊んでいたが、いつからかアイツの家に引きずり込まれるようになった。




互いの親もその生活に何の疑問も感じていない様子。




アイツの作り出した習慣というものは、人の脳を洗脳するらしい。




やはり、洗脳というものは、恐ろしい。







3時のおやつはグレープフルーツゼリー。




アイツが好きな食べ物だ。




…またアイツのこと考えてる。




しょうがない。




意地を張っても意味ないから、私が折れてあげるとしよう。




ゼリーをお見舞いに届けるだけだ。




アイツのママさんに手渡すだけ。




決してアイツに会いに行くわけではない。




歩いて数十秒。




距離にして30m。




数時間前も見上げたアイツの家の前。




入ろうと意気込んで、扉を開けようとして慌ててチャイムを押す。




…この家のチャイムを押すのはいつ振りだろうか。




いつもはアイツと一緒だからチャイムなんて久しぶりに押した。




危うく他人の家に無断で入るところだったのだ。




習慣というものは、恐ろしい。




「はーい‼︎…あら、喜嬉ちゃん‼︎」

「ゼリー持ってきたよ」

「湊なら部屋にいるわよ〜」

「インフルが移るから近寄るなって怒られた。だからこれ、渡しといて?」

「あらあら。まぁ、お茶でも飲もう」

「うん」




毎日顔を合わせているから第二の母親。




敬語なんて使った記憶もないし、使えと言われた記憶もない。




「でも、どうしてチャイム鳴らしたの?」

「だって、湊一緒じゃなかったから」

「ふふふ。いいのよ〜喜嬉ちゃんはもう私の娘みたいなものじゃない」

「嬉しい」




その言葉は非常に嬉しい。




しかし忘れるでない。




アイツと私は他人だ。




他人の家に入るのに、無断で入って良いのだろうか。




いや、言い訳ない。




アイツのママさんもまた、洗脳されてしまっている。




洗脳というものは、恐ろしい。







しかし、アイツが作ったこの生活がなるなる方が恐ろしい




ひとりよりもふたりがいい




ふたりなら私とアイツがいい







リンリンリン♪




鐘が鳴る




何かを知らせる鐘が鳴る




やっぱりアイツの隣がイイ








アイツがインフルエンザになって一週間。




ようやく一緒に登校できる。




今日もまた、アイツの部屋に迎えに行く。




「おう、喜嬉。久しぶり。いい子にしてたか?」

「私はいい子だ」

「寂しかったんじゃねーの?俺が居なくて泣いた?」

「泣かないけど…」

「けど?」

「つまらなかった」

「ん、素直素直」




そう言って私の頭を撫でる。




…私、これ好きだな。







アイツの準備が終わり、久しぶりのアイツとの登校。




アイツの右側を歩く。




ひたすら話し続けるアイツの話を聞き流しながら。




「あ、そういえば喜嬉」

「なに」

「俺の席どこ?」

「私の隣」

「そっかそっか。授業中も楽しめるな!」

「授業中は先生の話聞く」

「喜嬉の前は誰?」

「モモ」

「後ろは?」

「ぶりっこ」

「あ〜、サキちゃんだっけ?」

「ん」




名前を言わなくてもわかるらしい。




アイツはいつも私のことを聞いてくる。




もちろんアイツ自身のことも聞いてもないのに話してくるが。




だから私はアイツのことを誰よりも知っている自信があるし、




アイツに誰よりも私を知られている自信がある。




アイツの身長も体重も…




いつまでサンタを信じていたかも…




いつから1人でトイレに行けるようになったかも…




アイツを知れるこの朝の時間は大切なのかもしれない。




そして私は、この朝のアイツのお喋りが以外と好きだ。







教室に到着して、真っ先に近寄って来たのは…




「湊くーん‼︎‼︎」




ぶりっこだった。




まだ席にもついてないのに。




隣にいたアイツを抱きしめて、寂しかっただの、看病行けなくてごめんだの、マシンガントークをかましている。




…なんかイライラする。






このイライラが何であるのか。




アイツが休んでいたこの期間に感じた喪失感は何であったのか。




考えれば考えるほどわからなくなってしまう。




アイツという存在が当たり前で、




アイツの隣にいるのは私で、




それは変わらない事実だと思っていた。




そして、そうであってほしいと、願っているのだ。




私のことを1番知っているのはアイツで、




アイツのことを1番知っているのは私。




変わらずそうで在りたいと思うのに、今目にしているように、いつかアイツの隣が私ではなくなる日が来るのかもしれない。




その事実に気づいてしまった。




アイツと私には、幼馴染という繋がりしかない。




そこにはアイツの隣に居続けられる絶対的何かがあるわけではない。




アイツが一言、俺と関わるな、と言ってしまえば消えてしまう。




そんな簡単なモノだったのかもしれない。