地下鉄の改札を抜けるとそこは人に溢れていた。
小さな窓に並ぶ二つの影。
私と社長だ。
お互いに何も言わず黙ったまま、視線が窓の外にある一つのビルに向いている。
そのビルのさらに先は、言わずと知れた社長が暮らす高級高層マンションだ。
都心のざわめきだって、あたしの心の動揺をとても隠してきれない。
もうずっと頬は紅潮したまんまだと思うし、隣にいるだけで、その体温が刹那の間でも伝わるだけで、私の鼓動ははやる。
このドキドキ音は、絶対に社長にも伝わっているだろう。
そう思うと、余計に脈が速くなる。
「……行くか」
社長はあたしの背中をそっと押し、一歩踏み出すよう促した。
確かに、合図を貰わなければあたしはずっと緊張したまま、この場に佇んでいただろう。
それだけ……幸せだったから。
ただ二人で並んで過ごせる時間が心地良かった。
夢なら覚めないでと願った。
本来ならあたしみたいなただの一OLが、彼の隣にいる事自体、幻のようなものなのだから。