そして最後に。

母の提案で、学生寮を見に行くことにした。



「寮だったらいいけど、下宿なんてさせないよ。」


「え、寮ならいいの?」


「まだ分からないけど。」



そんな会話をしながら歩いていたのだけれど。



「あれ、ここどこ?」


「こんなに山奥?クマか何か出てきそうじゃないの。」



道なりに歩いていたのに、何だか随分怪しいところまで来てしまった。

焦っていたら、突然声を掛けられて驚いた。



「もしかして、寮の見学ですか?」


「あ、そうです!」


「ご案内しますよ。」



突然現れた、爽やかな男性。

彼は、人文系の学部にいると言う。

もうずっと、寮に住んでいるらしい。



「随分上の方だから、不便なんですよ。」


「随分登りますね~。」



はあはあと、肩で息をしながら登る。

これでは山登りだ!

こんなこと、毎日していたら、確実に痩せるだろう。


ガンガンと頭の痛む私には、ちょっとひどすぎる坂だったけど。

その爽やか青年と、必死に平気なふりをして話しながら登った。

S大の学生さんと話す機会なんて、もうないと思ったから。



「つきました。ここですよ!」


「わあー。」



その言葉の後に出かかった言葉を、慌てて呑み込む。



―――うわあ……。汚い。



そこに建っていた寮は、一体築何年だろうと思うくらい、汚らしかった。

周りが明るいからまだましだけど。

これで、周りまで暗くなったら、オバケが出そうだ……。


だけど、それさえも、私にとっては新鮮だった。

例えば遅くまで勉強していて、遅く帰ってきたときとか。

この寮の明かりに、ほっとすることもあるのだろう。

寮母さんがいる、というその部屋に、お世話になることもあるだろう。


男子寮と女子寮に分かれていて、その真ん中に食堂があるのだと知って。

そこで、きっといろんな会話が交わされるんだろうと思ったら、とても憧れた。


自分だけの城じゃなくても、それでもいい。

これだって、自由だ―――



「じゃあ、僕はこれで。」



寮に入っていくその人を呼び止めて、名前を訊いた。



「ヨコイ、です。あ、もしご縁があったらまた。入学後に、いろんなことお教えしますよ。」


「ええ、是非よろしくお願いします。」



頭を下げると、彼は手を挙げて、寮の中へと消えて行った。

その背中を見つめながら、彼にまた会うことができたら、と心の底から願った。