親に認めてもらってから、第一志望のところに、ずっとS大学の名を書いてきた。

それを書けること自体、とても嬉しかった。


そして、模試の判定も、CからB、そしてついに、Aまで持ってくることができた。

本当に、色んな先生たちのおかげだ。

本気になると、たくさんの人がサポートしてくれるんだって、初めて知った。


私は、そんな先生方のためにも、いい先生になって恩返しがしたいって。

そう思い始めていた。


そして、いつもの8時間目の生物の日に。

私は、模試の結果を片手に川上先生の元に行った。


いつもの生物講義室。

だけど、季節は夏から秋へと移り、日も短くなって。

6時過ぎくらいでも、教室はけっこう暗かった。



「はるちゃん、ちょっと待ってて。」



そう言って、いなくなってしまった川上先生。

その頃になると、川上先生は私のこと、普通にはるちゃん、って呼んでた。

授業中は「横内」って呼ぶくせに。

そうじゃないときは、いつでもはるちゃん、って。


生物講義室で、段々浮かび上がってくる夜景を見つめていた。

時間が止まればいいのに、って思う。

このまま、ここでフリーズしてしまいたい。

先生を待ちながら―――


どうしてだろうね。

私の先には、夢がたくさんあったはずなのに。

どうしてあの時、私はあんなに切なくなってしまったのだろう。



「あれ?はるちゃん?」



窓にはりついていたら、先生は私のことを見付けられなかったみたい。

私を探す先生が、なんだかおかしい。



「晴子?」



はっ―――

呼び捨てにされて、私の胸はきゅっと痛くなる。



「わっ!」



わざとおどけて飛び出すと、先生は本気で驚いてた。



「おい、返事しろよー。びっくりしただろ。」



そう言って、先生は黒板のところだけ、ぱちり、と電気を点けた。



「で、最近どうなの?」


「頑張ってますよ、ほら。」



右上がりのグラフを、先生の目の前に出す。

そして、判定が綺麗にC→B→Aとなっているのも。



「すごいじゃん。」



先生は、目を細めて笑った。

そして、言ったんだ。



「後輩ができるかな。」



って。

その言葉が、嬉しくて仕方がなかった。



「S大に行った生徒はいるけど、生物科学科に行ったやつは一人もいないんだ。お前、初の俺の後輩な。」


「はい。……なりたいです。先生の、後輩。」


「お前が後輩かー。」


「川上先輩!」


「ばかっ。」



薄暗い生物講義室で。

こんなに広いのに、先生と私はすぐ近くに寄り添っていたね。

ひとつのプリントを覗き込みながら。


先生の白衣が、私の肩に、そして腕に触れていて。

このドキドキが、先生に伝わってしまわないか心配だった。


ほんとに、罪な人だよね。

川上先生って。